検証 カンガルーケア裁判 |
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カンガルーケア中の心肺停止事後はSIDS(ALTE)ではない | ||||||||||||||
人間は恒温動物(37℃)であるが故に不快(寒い・暑い)な環境温度に遭遇した時に、呼吸循環動態に異常(心肺停止)を来す。 寒い時の代表的な例が出生直後のカンガルーケア中の心肺停止事故(新生児肺高血圧症⇒チアノーゼ⇒心肺停止)である。一方、暑い時(着せ過ぎた)の例が乳幼児突然死(SIDS=衣服内熱中症)である。高齢者の入浴中の溺死、屋内熱中症(猛暑時)などもSIDSと同じメカニズム。厚労省はSIDSは原因不明の病気と発表しているが、実際は原因不明ではなく乳幼児の衣服内熱中症(うつ熱)が原因である。 カンガルーケア中の心肺停止事故は冷え性、つまり、末梢血管収縮(交感神経優位)が特徴であり、SIDSはうつ熱(末梢血管拡張=副交感神経優位)が特徴である。両者の発症メカニズムは全く異なる。学会は出生直後のカンガルーケア中の心肺停止事故は原因不明のSIDSの病態と考えているが、両者の病態は全く異なる。産科医療補償制度の原因分析委員会は、カンガルーケア中の心肺停止事故を原因不明の病気(SIDS)で患者家族を誤魔化してはいけない。下記に両者の違いを図表で説明する(久保田史郎)。 |
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検証:カンガルーケア裁判 (大阪・福岡1・福岡2・宮崎) | ||||||||||||||
久保田産婦人科麻酔科医院 医学博士 久保田 史郎 |
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はじめに カンガルーケア裁判の判決が全国で相次いでいる。何故か、その全てが原告(患者)側の敗訴。大阪の事例では、最高裁も夫婦らの上告を退けた。昨年10月の二審判決は、『長女は窒息ではなく、原因不明の「乳幼児突発性危急事態」で呼吸停止になった、と指摘していた』 。父親が分娩室で録った動画(大阪事例)には、『うつ伏せ寝』で窒息寸前の赤ちゃんの異常な呼吸状態とイビキに似た呼吸音が録画されていた。動画を見た私は原告(患者側)の勝訴を確信していた。しかし、裁判長は窒息ではなく、原因不明のALTE(乳幼児突発性危急事態)と結論した。判決は、どの事例も版を押したかのように原因不明の『ALTE』 であった。カンガルーケア裁判に共通した『ALTE』とは何か、ALTEの出どころを探した。心肺停止の原因を不明とし、最初にALTEと診断したのは産科医療補償制度の原因分析委員会であった。その原因分析報告書は被告病院側から裁判所に提出されていた。 |
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大阪裁判 「カンガルーケアで障害」、病院側の責任認めず 最高裁 朝日新聞社2015/09/03 出生直後の赤ちゃんを母親が肌を合わせて抱く「カンガルーケア」(早期母子接触)が原因で長女(4)が重い脳性まひになったとして、大阪府内の夫婦らが病院の運営法人に約2億7600万円の損害賠償を求めた訴訟で、夫婦らの敗訴が確定した。最高裁第三小法廷(木内道祥裁判長)が1日付の決定で夫婦らの上告を退けた。二審・大阪高裁判決は、一審に続き病院側の責任を否定していた。 昨年10月の二審判決は、長女は窒息ではなく、原因不明の「乳幼児突発性危急事態」で呼吸停止になったと指摘。カンガルーケアの間に長女の様子を観察していた病院の態勢が「当時の医療水準に照らして相当でなかったとはいえない」とした上で、病院の対応と障害との間に因果関係はなかったと結論づけた。 福岡裁判(1) 判決文: 結論:原告○○の心肺停止の原因は、新生児循環不全又は授乳に際しての窒息であるとの原告らの主張を採用できず(なお、低血糖や低体温の事実も証拠上認められない。) 『新生児に僅かな確立で発生するALTE(乳幼児突発性危急事態』である可能性が最も高いと認められ、その原因については現在の医学においては不明であるとしかいえないこと及び発生確率が僅かであること等に照らせば、同じくALTEであったと目される別件事故が発生していたことを考慮しても、原告らの主張する義務違反の事実を認めることはできないといわざるを得ない』 以上『判決の結論』を引用。 福岡裁判(2) 「授乳指示で脳障害」両親の賠償請求棄却 事故・訴訟 2015年9月9日 (水)配信読売新聞 長女(4)に重い脳障害が残ったのは、出産直後に病院が母乳育児を指示した上、経過観察を怠ったためだとして、両親らが「九州医療センター」(福岡市)を運営する独立行政法人国立病院機構に約2億3000万円の損害賠償を求めた訴訟の判決が8日、福岡地裁であった。 青木亮裁判長は「授乳による窒息が原因とする原告の主張は認められない」として、請求を棄却した。 判決によると、福岡県外で暮らす母親は2011年2月、里帰り先の同病院で長女を出産。助産師が授乳を指導したが、長女は母乳をほとんど飲まず、一時心肺停止後、低酸素性脳症により意識不明になった。 判決で青木裁判長は、新生児が突然、呼吸や心拍に異常をきたす「乳幼児突発性危急事態」の可能性があると指摘した上で、「授乳体勢の指導に問題があったとは言えず、病院が授乳の間の経過観察を怠ったとも認められない」と述べた。 宮崎裁判、被告病院が裁判所に提出した某大学産婦人科教授の意見書 ■心肺停止の原因(一部抜粋) 経過をみると、突然の心肺停止で発見されるまでの間、母児の経過に明らかな病的状態を認めないことから、何らかの突発事象が引き金となった心肺停止が原因と考えられる。このように明らかな原因が判明しない場合、SIDS(新生児突然死症候群)に関連する病態や、ALTEと呼ばれる病態が最も考えられる。両病態とも生後24時間以内に発症しやすく、その原因には不明な点が多い。本件では死亡に至っていないのでSIDSではないが、SIDSに関連するなんらかの病態か、あるいはALTEと考えられる。 ■意見書の結論 @本件の原因はALTE、あるいはニアミスSIDSに関連した病態と考えられる。 A突発事象が原因で、無呼吸、気道閉塞、呼気ガスの再呼吸、不整脈が関連した可能性があるが、原因を特定する事は困難である B当時(2009年8月)の医療レベルでは、本件においてALTE、あるいはニアミスSIDSに関連した突発的な事象を予測する事は不可能である この意見書を書いたのは、国立大学法人○○大学医学部産婦人科 教授であった。同教授は日本医療機能評価機構が運営する産科医療補償制度審査委員会のメンバーである。 |
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カンガルーケア裁判から見えてきたもの | ||||||||||||||
裁判長(大阪・福岡1・福岡2・宮崎)は、カンガルーケア中の心肺停止を 『ALTE(乳幼児突発性危急事態)の可能性が高い』 と判断した、その根拠は何か! カンガルーケア中の心肺停止事故を、最初にALTE(乳幼児突発性危急事態)と診断した記録は、『産科医療補償制度』の原因分析報告書にある。 1.『産科医療補償制度』 の目的とは 分娩に関連して発症した重度脳性麻痺のお子様とその家族の経済的負担を速やかに補償するとともに、脳性麻痺発症の『原因分析』を行い、同じような事例の『再発防止』に資する情報を提供することなどにより、紛争の防止・早期解決および『産科医療の質の向上』を図ることを目的とする(産科医療補償制度のH Pから引用)。 ところが、カンガルーケア裁判(大阪・福岡1・福岡2)のどの原因分析報告書を見ても、原因分析が正しく、公平に行われたとは到底思えない内容である。当時(2008年)、カンガルーケア中の心肺停止事故(危急事態)が予測されていたにも関わらず、原因分析委員は、心肺停止事故を原因不明と決め付け、出生直後の低温環境が引き金となって発症する新生児肺高血圧症(チアノーゼ)、うつぶせ寝による窒息事故など、明らかな原因によって発症した心肺停止事故を原因不明のALTE(乳幼児突発性危急事態)と称し、病態の全く異なるSIDS(乳幼児突然死症候群)の類似疾患(ニアミス)SIDSと診断していたからである。原因分析報告書に記載されたカンガルーケア中の心肺停止の原因は特定できない、原因不明のSIDSと診断されれば、医学が専門ではない裁判官は産科医療補償制度の原因分析報告書に引っ張られて判決を下すのは必至と考える。原因分析報告書が公平に、真実が書かれているかどうかは裁判の行方を左右するものであり、その報告書の内容が正しいかどうかを検証する必要がある。 2.産科医療補償制度の 『原因分析報告書』 を検証する (1) 原因分析報告書に記載されている 『カンガルーケア中の心肺停止事故は、ALTEの概念に相当する』 は、間違い! カンガルーケア中の心肺停止事故(脳性麻痺)に関する産科医療補償制度の原因分析報告書には、次の内容が記載されている。 『心肺停止の原因を特定することはできず、事故はALTEの概念に相当すると考えられる』 と記載されていた。 つまり、原因分析委員会は、心肺停止の原因を調査したけれども、原因を見つけ出す事が出来なかった。よって原因不明のALTE(乳幼児突発性危急事態)と考えるのが相当である、と結論した。権威ある産科医療補償制度の原因分析報告書を見た裁判官は、心肺停止の原因は特定されていない、専門医はALTEと診断している。その報告書を重視した裁判官は、本件は原因不明、ALTEの可能性が高い、しかも今の医学ではALTEは予測出ない、などと判断して、病院側に落ち度はない、と結論したと考えられる。 原因分析報告書が事実に基いて、公平に正しく書かれた内容であれば裁判に支障はない。しかし、原因分析が被告病院に有利な報告書になっていれば、判決が原告患者に不利益(敗訴)になるのは当然である。これまでのカンガルーケア裁判で、原告(患者)側が、全ての事例で敗訴になった理由は、事実と異なる原因分析報告書が大きく影響したと推察する。今後、カンガルーケア裁判が正しく判決され、再発防止に役立たせるためには、産科医療補償制度の 『原因分析報告書』 が事実に基いて、正しく原因解明されていたかどうかを検証する必要がある。 (2)原因分析委員会は、 “病院側に有利”な報告書を書いていた 原因分析を担当した医師(産科医・小児科医)たちは、平成20年こども未来財団調査研究事業(図1) 及び カンガルーケア中のヒヤリハット事例(図2)・渡部論文(図3)などの過去の報告(日本周産期新生児学会誌;2010年)を事前に知っていた。それにも関わらず、分析委員は過去の報告を無視し、心肺停止事故を原因不明とし、意図的に乳幼児突発性危急事態(ALTE=ニアミスSIDS)の可能性が最も高いと報告した。原因不明のニアミス『SIDS』にしておけば、被告病院側に有利な判決が下されるのを予測して書かれた原因分析報告書と言わざるを得ない。 ■原因分析委員会が被告病院に有利な報告書を書く理由 公平で、中立的な立場であるべき原因分析委員会が、なぜ被告病院側に有利な報告書を書いたのか、それは被告病院を『無罪』にしなければいけない事情があったからである。被告病院が『有罪』になれば、出生直後のカンガルーケアを強引に推奨した厚労省・日本周産期新生児学科など7学会に対して、国民から批判の目が集中するからである。後述する坂口論文・渡部論文は、心肺停止など、危急事態に至った事例を原因不明のSIDSと診断せず、出生直後の肺高血圧症の存在を指摘し、防止策についての注意点を日本周産期新生児学会誌に報告していたのである。 産科医療補償制度の原因分析委員は、2008年のこども未来財団調査研究報告書・2010年の坂口論文・渡部論文の存在を知っていたにもかかわらず、カンガルーケア中の心肺停止の原因を特定できないとして、原因不明のSIDSで逃げ、被告病院側を有利にするための報告書を書いたのである。 (3)「授乳・離乳の支援ガイド(仮称)」策定に関する研究会、および日産婦医会報(平成19年1月)でも、出生直後のカンガルーケアに警鐘が鳴らされていた 我国で、カンガルーケアが急速に普及したのは、厚労省の『授乳と離乳の支援ガイド』が公表されてからである。「授乳・離乳の支援ガイド(仮称)」策定に関する研究会の議事録にある様に、『カンガルーケアは、安全性というものがまだ確立されていないし、有効性もまだ確立されていない』 と母乳育児の支援ガイドが公表される前から、出生直後のカンガルーケアの危険性が策定委員によって指摘されていた事実がある。 さらに、出生直後のカンガルーケアが危険である事は日産婦医会報(平成19年1月)でも報告されていた。報告したのは、中村医師(長野県立こども病院総合周産期母子医療センター長)である。同医師は『カンガルーケアの留意点』と題して、次の様に述べている。以下、本文引用。『胎内生活から胎外生活に呼吸循環動態がダイナミックに移行する出生後早期は、呼吸循環動態が不安定なため、危機的状況となる可能性が高い時期であると考えられる。しかし、正常産児の生後早期のカンガルーケアに関する文献では、その安全性についてはほとんど議論されていません』。引用おわり。この医会報を産科医療補償制度の分析委員会が知らなかったでは済まされない。 (4)原因分析委員会が、出生直後の 『チアノーゼ』 を原因不明にする理由 出生直後のチアノーゼは、先天的な心疾患を除けば、まず肺高血圧症の存在を疑うのが産科医・新生児科の常識である(図4)。しかし、原因分析委員にその常識は無かった。理由は、出生直後のチアノーゼを肺高血圧症の症状と考えず、原因不明と判断しているからである。原因分析委員が前述の坂口論文・渡部論文を読んでいれば、チアノーゼの原因は不明ではなく、肺高血圧症によるものと容易に理解できたはずである。原因分析委員会が出生直後のチアノーゼを原因不明にする理由は、委員会に何らかの目的(戦略)があるとしか思えない。 ■原因分析委員会がチアノーゼを原因不明とする理由 カンガルーケア中のチアノーゼ(低酸素血症)による心肺停止を原因不明としてALTE(ニアミスSIDS)にしておけば、被告病院は有利となる。肺高血圧症・低血糖・窒息などによって引き起こされた『低酸素血症』が心肺停止の原因と特定されれば病院の管理ミスと診断され、被告病院は有罪となる。 原因分析委員会が、事実を曲げ、病院側に有利な報告書を書く理由は、カンガルーケアを推奨した厚労省と学会を擁護するための報告書だったのではないかと推測する。報告書を書いた委員は、産科医、小児科医(新生児科医を含む)、助産師、法律家および医療を受ける立場の有識者から構成されていた。つまり、原因分析報告書は産科医と小児科医が中心となって書いたのである。報告書は公平で中立的な立場で、適正に行うとしているが、実際は、真実とはほど遠い報告書と言わざるを得ない(後述)。報告書が真実であるかどうかの判断は、産科医・小児科医だけでは無理である。呼吸・循環・体温が専門である麻酔科医を加え、新たに第三者委員会を設け、報告書の内容を再分析する必要がある。 3. こども未来財団と日本周産期新生児学会(坂口論文・渡部論文)は、出生直後のカンガルーケアに警鐘を鳴らしていた ■平成20年こども未来財団の報告書 分娩直後に行われる母子接触(分娩直後のカンガルーケア)の実態を把握するために、全国の「赤ちゃんにやさしい病院」(BFH)を対象に実態調査が行われていた。42施設から回答(回答率87.5%)が得られ、23施設(54.8%)で原因不明のチアノーゼや心肺停止、体制が崩れて転落しそうになったといった事例 57例が報告されていた。 厚労省はもちろん産科医療補償制度の原因分析委員会は、こども未来財団の「妊娠・出産の安全性と快適性確保に関する調査研究」で、分娩直後のカンガルーケアの危険性を知っていたのである。下記の57例中、先天異常(6例)を除いた51例が、原因分析委員会が原因不明で稀な病気と主張するALTE(ニアミスSIDS)の内訳である。こども未来財団の調査で、カンガルーケア中の心肺停止事故は、『赤ちゃんに優しい病院』 に多く発生する事が分かっていた。事実、大阪の1事例を除き、福岡1・福岡2・宮崎の3事例はいずれもBFHに認定された病院であった。 <57例の内訳> @気道閉塞・窒息・・・・・・・・・10例 A呼吸障害・無呼吸・・・・・・・14例 B原因不明のチアノーゼ・・・・9例 C不明・・・・・・・・・・・・・・・・・・12例 D低体温・・・・・・・・・・・・・・・・・2例 E低血糖・・・・・・・・・・・・・・・・・2例 F転落しそうになった・・・・・・・2例 G先天異常・・・・・・・・・・・・・・・6例 考察1.『調査研究班』による考察; 原因不明のチアノーゼや気道閉塞などの事例は分娩直後のカンガルーケア 導入後、年数に関係なく、また実施時間に関係なく、医療スタッフが離れずに常時付き添っていても発症していた。このことは分娩直後のカンガルーケアでは、原因不明のチアノーゼや気道閉塞などの事例は起こりうることを示している(原文)。 考察2.『久保田』による考察 平成20年 こども未来局は、分娩直後のカンガルーケアでは、原因不明のチアノーゼや気道閉塞などの事例は起こりうることを公表していた。つまり、被告病院はそれらの危険性を予測し、チアノーゼと気道閉塞を防ぐための管理を厳重に行う義務があった。では、原因不明とされるチアノーゼ・気道閉塞は何が原因で発症したのか、現代医学で予防できなかったのかを検証する。 <検証> 先ず、57例の内訳を見ると、チアノーゼの原因疾患である肺高血圧症の診断名が一例も無いのが不自然である。A呼吸障害・無呼吸(14例)、B原因不明のチアノーゼ(9例)、C不明(12例)、計35例のほとんどは、『新生児肺高血圧症』の病態そのものである。また、@気道閉塞・窒息(10例)の内訳は、明らかな「うつぶせ寝」による窒息が6例、うつぶせ寝による窒息が疑われる事例が2例、羊水・粘液が気道閉塞を招いた事例が2例。即ち、うつぶせ寝による授乳(直母)は窒息を起こすことを物語っている。その他に、低体温(2例)・低血糖(2例)の事例が計4例あるが、それらの管理(低体温と低血糖の予防)を怠ったのが原因である。 日本産婦人科医会はカンガルーケアには体温上昇作用があると、第50回記者懇談会(2012年1月18日)で報告した(図5)。57例の調査結果は肺高血圧症の症状(呼吸障害・無呼吸・チアノーゼ)が多い事から、カンガルーケアには体温上昇作用・呼吸循環の安定・血糖値の安定が無い事を物語っている(図6)。こども未来局の報告書は元気に生れた正常成熟新生児であっても、体温管理(低体温の予防)と栄養管理(低血糖の予防)の重要性を指摘していた。F転落しそうになった事例(2例)は、母親が寝込んでしまい、児の管理が出来なくなった為と考える。睡眠をとるべき深夜時間帯、母子同室での長時間のカンガルーケア、鎮静・鎮痛剤を打たれた術後患者にカンガルーケアを行うと、気道閉鎖の危険性がある事が分かっていた。G先天異常の6例は、カンガルーケアを行うべきでなかった。 <まとめ> カンガルーケア中に起こった57例のヒヤリハット事例(チアノーゼ・呼吸障害・気道閉塞)は、以下の理由から原因不明ではない。それらの症状から病態を考えると、原因不明のチアノーゼと呼吸障害は『肺高血圧症』の症状、無呼吸・筋弛緩は『低血糖症』、窒息はうつ伏せ寝による『気道閉塞』によると考えられる。57例の内訳をみると、新生児肺高血圧症と考えられる症状が多い事から、ヒヤリハット事例は寒い部屋で体温管理(低体温の予防)を怠った為と考えるのが妥当である。そのことは生直後のカンガルーケアに体温上昇作用は無い事を意味する。つまり、カンガルーケア中の心肺停止事故は、寒い部屋で体温管理(保温)を怠った医療側に責任があり、医原性疾患と云うべきである。また帝王切開の術後患者はもちろん、分娩後の疲労困憊した母親に長時間の児の全身管理は難しいと判断した。 日本周産期新生児学会・日本産婦人科医会は、カンガルーケアは保育器よりも体温上昇作用があると公表したが、それを検証したデータは日本にない。厚労省・学会はカンガルーケアの危険性を報道・国民に公表すべきである。現在も、全国でカンガルーケアが行われているが、事前説明でカンガルーケアの危険性(肺高血圧症・低血糖・気道閉鎖)が国民(妊婦さん)に正しく伝わっていないためと考える(図7)。問題は、カンガルーケア中の心肺停止事故が「赤ちゃんに優しい病院」に多く発生しているにも関わらず、今年(2015年)も全国で4施設が「赤ちゃんに優しい病院」(BFH)に認定された。福岡市ではカンガルーケア導入後から発達障害児が激増しているが(図8)、BFHが増える事は心肺停止事故(低酸素血症)だけでなく、発達障害児(低血糖症)も今後さらに増えるものと予測する。出生直後の「温めるケア」と「超早期混合栄養法」で発達障害を防ぐ久保田式管理法を(図9)に示した。九州ではカンガルーケア中の心肺停止事故は5件、そのうち4件はBFHでの事故であった。私が、出生直後のカンガルーケアと完全母乳は中止すべきと厚労省・日本医師会・学会に訴える理由は、カンガルーケア中の心肺停止事故をなくすためだけでなく、発達障害児の驚異的な増加に歯止めを掛けるのが目的でもある。寒い部屋でのカンガルーケアは、発達障害の危険因子である低血糖症を促進する事が分かっているからである(図10)・(図11)。 ■坂口論文(2010年) 全国産科施設へのアンケート結果に基ずくカンガルーケア(STS)の現状と課題 カンガルーケア導入後に児の状態が悪化したなどの理由でカンガルーケアを中断した経験があるかどうかについて調査研究した論文である。発表したのは信州大学医学部 坂口 けさみ 他10名(信州大学医学部、長野県立こども病院、大阪大学大学院医学系研究科)、この論文は第28回 周産期学シンポジウム(2010年1月)で発表された。 @ 研究方法;分娩を取り扱っている全国の産科医療機関 2762ヶ所を対象として、平成20年2〜3月の期間に、自記式質問紙を郵送し、研究趣旨に同意が得られた1124施設より回答を得た。有効回答率は40.7%であった。 A 結果:カンガルーケア導入後に児の状態が悪化したなどの理由でカンガルーケアを中断した経験があるかどうかについて検討した。中断したことがあると回答した施設は40%以上にも達していた。そこで中断の理由をみると、図2に示すように最も多かった理由は児のチアノーゼの増強であり、次いて児が冷たくなってきた。Spo2が上昇しない、児が呼吸をしていないであった、中には児を落としそうになった。母親の胸の間で児の鼻腔が閉塞していた。児が動かなくなったなどの回答も挙げられていた。 児の状態が悪化したとの理由でカンガルーケアを中断したことがあると回答した施設は40%にも達していた。児の状態が悪化したという理由で、小児専門医療機関へ搬送したと回答した施設は70施設以上にも達しており、これらの数値は予想をはるかに超えるものであった。 B カンガルーケア中の観察項目(長野県立こども病院) ・気道閉塞など腹臥位に対する危険や落下を起こさぬための継続観察を行う ・呼吸状態や皮膚色に加え、保温に問題がないかなどの継続観察を行う C まとめ:カンガルーケアを安全に実地するための留意点として、カンガルーケ中の児の体位や分娩台角度、保温等に関するエビデンスは、現時点で十分であるとは言えず、今後データの集積や検討が必要である。 坂口論文は、カンガルーケア中の危急事態の事例は予想以上に多かったと報告していた。ところが、原因分析委員会は坂口論文を知りながら、極めて稀な病気、チアノーゼの原因は不明と報告した。しかし、同委員会は、坂口論文のチアノーゼ・呼吸異常・児が冷たくなった、無呼吸などの危急事態の多さから、カンガルーケア中の心肺停止・チアノーゼの原因は肺高血圧症の病態と考えるべきであった。新生児科医の渡部医師は肺高血圧症の原因と予防について、次の様に述べていた。 ■渡部論文(2010年) 産科施設における正期産新生児における出産直後のカンガルーケア(STS) の安全性について (倉敷中央病院小児科 渡部 晋一:周産期シンポジウム No28 ) 渡部医師は、周産期関係者に『肺高血圧症』に注意するよう、日本周産期・新生児学会誌に警鐘を鳴らしていた。 <本文引用> 『最近、国内外でカンガルーケア中の急変事例の報告が見られる。生直後は胎内から胎外へのダイナミックの環境の変化に曝され、一生のうちで最も不安定な時期でもある。低体温、低血糖、低酸素などの誘因で容易に、肺高血圧症が惹起される。カンガルーケアは非常に呼吸・循環が不安定な時期に行われるケアであることを、周産期関係者は留意する必要がある。全国調査では、カンガルーケア中の急変例は全例正期産児であり、生後1時間以内の急変例が多かった。』以上、引用おわり。 <久保田による考察> 渡部医師はとくに生後1時間以内の低体温、低血糖、低酸素に注意しなさいと、出生直後の寒い部屋(分娩室・母子同室)でのカンガルーケアに警鐘を鳴らしていた。また同医師は、カンガルーケア中の急変例は全例 正期産児であったと報告した。低出生体重児(未熟児)に急変例が発生しないのは、未熟児は快適な保育器に入れ体温を恒温状態に安定させ、点滴(糖水)をして低血糖症を防ぐからである。この論文で渡部医師が強調したかったのは、児にとって最も危険な肺高血圧症を防ぐために、低体温、低血糖、低酸素の予防に努めなさいと訴えていたのである。大阪・福岡1・福岡2・宮崎で起こったカンガルーケア中の心肺停止が原因不明のニアミスSIDSではない事は、こども未来財団の調査報告書・坂口論文のヒヤリハット事例の症状と同じ症状であること、またSIDSと違って手足が冷たくなっていたことからも明らかである。 渡部医師は、『低体温、低血糖、低酸素などの誘因で容易に、肺高血圧症が惹起される』と述べているが、平成20年 こども未来財団の報告書にある先天異常を除いた51例、坂口論文のヒヤリハット事例は、渡部医師が警鐘を鳴らしていた『肺高血圧症』そのものである。カンガルーケア裁判(大阪・福岡1・福岡2)の原因分析報告書、および、原因分析委員から提出された宮崎裁判の意見書は、心肺停止・チアノーゼの原因は低体温、低血糖、低酸素などによって引き起こされた『肺高血圧症』、うつ伏せ寝による『窒息』の可能性が高いと報告書・意見書に書くべきところを、意図的に原因不明とし、被告病院に都合の良い (ニアミス) SIDSと診断していた。原因分析委員会がカンガルーケア中の心肺停止を『ニアミスSIDS』と診断するのならば、個々の事例がSIDSの定義に当てはまらなければ、 (ニアミス) SIDSと診断してはいけない。 4.SIDS(乳幼児突然死症候群)とは 日本産婦人科医会(平成25年1月発行)の最新 新生児のプライマリーケアには、SIDSの定義について次の内容が記載されている。 『San Diego 定義』 一歳以下の乳幼児に突然起こった予測できない死亡、死に至る事態が明らかに 睡眠中に起こり、全身解剖、死亡状況調査および臨床病歴の検証を行っても、その原因が明らかに出来ないもの、と定義されている ■ALTE(乳幼児突発性危急事態)の定義 ALTE ( apparent life-threatening event)とは、『医学的に原因が不明で、事前に予測できない危急事態』である事が絶対条件。事前に予測できた危急事態はALTEとは診断出来ない。例えば、赤ちゃんが危急事態に陥ったけれども、赤ちゃんの部屋の温度は不快(寒過ぎ・暑過ぎ)でなかった、低体温、窒息、低血糖、低酸素など、あらゆる可能性が医学的に完全に否定されて、原因が全く見当 たらないケースをALTEと診断することが出来る。 それまで元気だった赤ちゃんが亡くなった場合はSIDSと呼ばれる。「窒息や低血糖など複数の原因が考えられるが、どれか、あるいは複合的なものか特定できない、はっきりした原因がわからない」 というケースはALTEではない。これが混同されて何でもひとくくりにALTEで片づけられている。 そもそも呼吸循環動態が不安定な早期新生児には管理上大きなリスクがあり、栄養(母乳)が足りない、部屋が寒すぎるといった原因から、いつ容体が急変するかわからない、産院での栄養管理や体温管理が不十分で、産後の疲れた母親に管理を任せていたということであれば、例え原因が特定できなくてもそれはALTEではなく、管理・観察の手落ちによって起きた事故の可能性が高い。それを「ALTE」と主張するからには、病院側は、血糖値も体温も酸素濃度も全く安定して問題がなく、新生児管理も十分な体制で行なっていたことを証明しなければならない。 5.カンガルーケア裁判の4事例は、SIDSの “定義” に該当しない 一歳以下の乳幼児に突然起こった事は認める。しかし、大阪・福岡1・福岡2・宮崎のカンガルーケア中の危急事態(心肺停止)は、以下に述べる理由から、予測された事故である。『San Diego 定義』には、予測された事故は SIDSと診断してはいけないと記載されている。また、危急事態(心肺停止)が明らかに睡眠中に起こったかどうかについての記載は報告書にないが、SIDSの定義から判断すると、被告病院は新生児を母親のお腹の上で「うつ伏せ寝」にして寝かせていた。児頭の重さで口腔・鼻腔は塞がれ、気道閉鎖(低酸素⇒心肺停止)は起こって当然というべきである。つまり、窒息は予測されていたのである。とくに、大阪と福岡(2)の事例は動画・写真の判定から、間違いなく母親のお腹の上でうつ伏せ寝になっていたのであり、窒息は起こって当然である。原因分析委員がカンガルーケア裁判事例(大阪・福岡1・福岡2・宮崎)をニアミスSIDSと診断した報告書は、事故は予測されていたことから、SIDSの定義に反する。つまり、カンガルーケア中の危急事態は予測されていたのであり、ニアミスSIDSと診断するのは間違いである。 6.カンガルーケア中の危急事態は、以下の理由(1〜3)から予測されていた、 理由1. こども未来財団調査研究事業(平成20年)による「赤ちゃんに優しい病院」を対象とした調査研究で、国の調査研究班は、『分娩直後のカンガルーケアでは、原因不明のチアノーゼや気道閉塞などの事例は起こりうる』と報告していた。被告病院(福岡1・福岡2・宮崎)は「赤ちゃんに優しい病院」に認定されていたのであり、当然、被告病院・原因分析委員会はこども未来財団の調査研究を知っていた。それにも関わらず、原因分析委員会は、カンガルーケア中の 『危急事態は予測できなかった』と報告書に記載していた。本来ならば、原因分析委員会は事例を原因分析した結果、「被告病院は出生直後のチアノーゼと気道閉塞を防ぐ管理を怠った」と報告書に書くべきであった。 理由2. カンガルーケア導入後に児の状態が悪化したなどの理由でカンガルーケアを中断した経験があるかどうかについての検討がなされていた(坂口論文)。中断したことがあると回答した施設は40%以上であった。中断の理由で最も多かった理由は、@児のチアノーゼの増強、A児が冷たくなってきた、BSpo2が上昇しない、C児が呼吸をしていない、の順であった。原因分析委員の産科医・新生児科医は、@〜Cの症状が『肺高血圧症』に特有の症状である事は百も承知である。 また原因分析委員は報告書に、『ALTEと言った出生直後の児の全身状態が急激に変化する事象についての報告が少ない』と述べていた。しかし、坂口論文は委員会の報告書を完全に否定する研究結果であった。危急事態の報告は少ないのではなく、事実は、予想以上に『多かった』のである。では、分析委員は報告書になぜ『報告が少ない』と記載したのか、それは『危急事態 (ニアミス)SIDSの報告は少なく、予測は難しかった』を主張するためと考えられる。坂口論文の『報告が予想以上に多かった』にすると、被告病院は「ALTE (危急事態)を予測し、防止する義務があった」.になり、被告病院にとって不利な報告書になると判断したからと考えた。 理由3. 生直後は胎内から胎外へのダイナミックの環境の変化に曝され、一生のうちで最 も不安定な時期である。低体温、低血糖、低酸素などの誘因で容易に『肺高血 圧症』が惹起される(渡部論文)。 <まとめ> 原因分析委員会は上記理由(1・2・3)から、出生直後の寒い部屋でのカンガルーケアは児に最も危険な『肺高血圧症』を容易に誘発すること、母親のお腹の上での『うつ伏せ寝』は窒息の危険性があること、それらのヒヤリハット事例(ALTE)は予想以上に多い事、などを事前に知っていた。さらに、保育器に入れ体を温めた未熟児、NICUに入院中の赤ちゃんにカンガルーケアをしてもALTE(乳幼児突発性危急事態)は起きない事も分かっていた。 原因分析委員は報告書を書く前に、保育器に入れた未熟児、NICUに入院中の赤ちゃんにALTEがなぜ発生しないのかを調査・分析すべきであった。原因分析が正しく公平に行われ、被告病院に対して出生直後の低体温・低血糖・窒息を防ぐための再発防止策を被告病院に指導していたならば、福岡市の国立病院での2例目の事故は100%予防できた筈である。原因分析委員が医療事故を原因不明とし、SIDSで誤魔化す無責任な報告書を出す限り、被告病院は事故を反省せず、元気に生まれた赤ちゃんを脳性麻痺に陥れることになる。原因分析委員会は、厚労省と学会を擁護する為の報告書を書くのではなく、脳性まひの再発防止と医学の発展のために真実を報告すべきであった。 ■以上述べた様に、大阪・福岡1・福岡2・宮崎の全てのカンガルーケア事故は、どの事例も「予測された事故」である。予測された事故は『SIDSの定義』に反する事から、原因分析委員会はカンガルーケア中の心肺停止を原因不明の(ニアミス)SIDSと診断すべきではない。また、原因分析報告書に記載されたALTE(乳幼児突発性危急事態)とは、出生直後の低温環境が引き金となって発症する肺高血圧症(チアノーゼ⇒低酸素⇒心肺停止)そのものである。それは過去の坂口論文・渡部論文からも明らかである。寒い部屋でのカンガルーケア中の心肺停止事故は、高温環境や着せすぎなどで発症するSIDSとは病態が全く異なる(図12)。カンガルーケア中の心肺停止(肺高血圧症)は手足が冷たい冷え性(末梢血管収縮)が特徴である。一方、SIDSは手足が温かくうつ熱(末梢血管拡張)が特徴である。周産期医療の専門医、とくに原因分析委員会が、両者の違いを知らなかったでは済まされない。 7.産科医療補償制度の問題点 カンガルーケア裁判に関する原因分析報告書(大阪・福岡1・福岡2)は、原因分析を正しく、公平に行っていない。本制度は、『再発防止』・『産科医療の質を向上』に役立つどころか、事故を繰り返えし、産科医療の質を低下させたと言わざるを得ない。 1)原因分析委員会の報告書は、『再発防止』にはならない 福岡の国立病院機構(赤ちゃんに優しい病院BFH)で、同じ心肺停止事故が繰り返されていた。それでも、裁判官は被告病院に落ち度はないと判断、原告(患者)は敗訴になった。原因分析委員会が今後もカンガルーケア中の心肺停止事故をALTE(乳幼児突発性危急事態)と診断し、ニアミスSIDS(乳幼児突然死症候群)で診断を誤魔化す限り、心肺停止事故は繰り返される。事実、福岡裁判(1)・(2)は、同一病院で起こった事故である。国立病院機構が事故を繰り返す理由は、原因分析委員会が被告病院のミスを明らかにせず、カンガルーケア中に発生した肺高血圧症・気道閉塞をニアミスSIDSと報告し、被告病院を勝訴にするための報告書を提出したからである。被告病院を有利にする原因分析報告書がカンガルーケア中の心肺停止事故を繰り返す要因と結論する。 厚労省は、『乳幼児突然死症候群(SIDS)から赤ちゃんを守るために「うつ伏せ寝」を止めましょう』と母子手帳に注意を促しているが、一方では、母親のお腹の上で「うつ伏せ寝」にしてカンガルーケアをしなさいと、窒息の危険性の高いうつ伏せ寝を推奨している。それでも原因分析報告書は、うつぶせ寝(窒息)の危険性について再発防止に向けての注意勧告を何ら行っていない。原因分析委員会は、医学の発展のために、母親のお腹の上でうつ伏せ寝にする出生直後からのカンガルーケアを中止するように、全ての分娩施設に注意勧告すべきであったが、何も行っていない。また厚労省と学会は出生直後のカンガルーケア(うつ伏せ寝)は窒息事故が多い事が分かっていたのであり、窒息(心肺停止)の危険性の高い出生直後のカンガルーケアを推奨すべきでなかった。 2)原因分析報告書は、『産科医療の質を低下』 させる 原因分析委員会が真実を明かさず、心肺停止の原因(肺高血圧症・窒息)をALTEで誤魔化す手口は、産科医療の質を低下させる事は確実である。産科医療補償制度の目的である脳性麻痺の『原因解明』・『再発防止』・『産科医療の質の向上』 を図るは口先だけであり、本制度の見直しが急務である。本制度は、カンガルーケア中の心肺停止の原因(肺高血圧症)とSIDS(乳幼児突然死症候群)の違いを分からない医者を増やし、医療を混乱させ、医療事故を増やすだけである。カンガルーケア中の心肺停止事故が繰り返される理由は、原因分析委員会が被告病院の医療ミスを隠し、真実を報告しないからである。 8.私は、なぜカンガルーケア裁判(大阪・福岡1・福岡2・宮崎)を検証するのか 理由は、産科医療補償制度の原因分析報告書に重大な誤りを見つけたからである。私は40年前から、産科医と麻酔医(標榜医)の視点から、『分娩時の寒冷刺激(胎内と胎外の環境温度差)の強さが、新生児の胎内から胎外生活への適応過程にどんな影響を及ぼすか』について研究を行い、その研究成績を関連の学会に発表し、当院のHPにも紹介していた。ところが、厚労省の『授乳と離乳の支援ガイド』が発表されて以来、母乳育児の3点セット(出生直後のカンガルーケア+完全母乳+母子同室)に警鐘を鳴らしていた私のところに、出生直後のカンガルーケアで事故に遭われた全国の被害児の両親から多くの相談が相次いだ。ここで述べる4事例もそうであるが、私の手元には、被害者のカルテ、産科医療補償制度の原因分析報告書が届いた。カルテ・報告書には心肺停止の原因は不明、乳幼児突然死症候群(SIDS)が原因と考えられる、と記録されていた。 ところで、日本ではSIDSは原因不明の病気と定義されている。私は新生児の体温調節の研究から、SIDSは衣服(帽子・靴下)やフトンの「着せ過ぎ」・「暖めすぎ」などによる『うつ熱』が原因、そのメカニズムを日本産科婦人科学会福岡地方部会(1999年)で初めて発表した。その後、『SIDSの発生機序』・『赤ちゃんの着せすぎに注意』など、朝日Medical (2001年)、日本SIDS学会(2002年)、日本新生児学会(2003年)などで発表した(図13)・(図14)。私の研究が麻酔科医の目のとまり、日本小児麻酔学会(福岡:2003年)では、環境温度が赤ちゃんの体温調節機構に及ぼす影響―乳幼児突然死症候群の原因は放熱障害―、日本臨床体温研究会(札幌:2004年)・鹿児島県母性衛生学会誌(2008年)などでも、「赤ちゃんを発達障害・SIDSから守るために」と題して教育講演を行ってきた。2005年には体温の専門誌『臨床体温』に環境温度が赤ちゃんの体温調節機構に及ぼす影響、さらに、『乳幼児突然死症候群はうつ熱時の「産熱抑制」が原因』を医学専門誌、体温のバイオロジー」(LISA増刊)で発表した(2005年)。2009年の日本母乳哺育学会では、SIDSと正反対の『日本の分娩室は赤ちゃんに寒過ぎる』と題して、出生直後の赤ちゃんに体温管理(保温)がなぜ必要か、低血糖が今なぜ問題か、生後30分以内のカンガルーケアの危険性について報告した。 因みに、私の博士論文(1988年)は、『出生直後の新生児の体温調節機構に関する研究』であるが、不快な環境温度(寒い・暑い)が新生児の体温と呼吸循環を司る自律神経に及ぼす影響に関する研究は世界にない。私は、出生直後の低温環境が新生児の呼吸・循環・消化管・糖代謝などにどんな悪影響をおよぼすのかについての研究を長年やってきたが、カンガルーケア裁判の原因分析報告書を見て分かったことは、『原因分析が公平に正しく行われていない』であった。被告病院に有利、原告(患者側)に不利な原因分析報告書になっていたのである。カンガルーケア裁判の全ての事例で、原告患者の敗訴は、私には信じ難い判決であった。私は、原因分析報告書を見て、原告(患者)敗訴の理由が見えてきた。 カンガルーケア中の心肺停止を原因不明とし、原因不明のSIDS類似疾患(ニアミスSIDS)で原告の訴えを退け、被告病院を無罪にするための戦略が原因分析報告書にあった。私は、SIDSは原因不明の病気ではないことをSIDS学会に訴えていたが、私と同様に、厚労省のSIDS研究班の高津光洋分担研究者も、『乳幼児突然死症候群(SIDS)は疾患とすべきではない』と発言していた。尚、高津医師の提言は文部科学研究費研究成果報告書に記載されている。 ■2002年当時、わが国のSIDS予防のガイドラインには「暖め過ぎ」に関する項目が含まれていなかった。私は、第8回SIDS学会(2002年)で厚生労働省のガイドラインおよび母子手帳などに、「SIDSを予防するために赤ちゃんの暖め過ぎに注意する」という項目の追加が望まれると、以下の7カ条をSIDS学会に提言した。 提言 [SIDSを予防するための7カ条]
■2013年 日本産婦人科医会発行の最新 『新生児のプライマリーケア』(図15) を見て一瞬わが目を疑った。SIDSの危険因子に『暖めすぎ』に注意が記載されていたからである。日本産婦人科医会は、私がSIDS学会に提言していた「暖めすぎに注意」を認めたことになる。つまり、同医会は、SIDSは原因不明の病気ではない。暖めすぎに注意と、睡眠中の「着せ過ぎ」に警鐘を鳴らしているのである。 当院のHPに掲載しているMechanism of SIDS: A New Hypothesisはアメリカ Yahooでトップにランクされているが、米国立小児保健・ヒト発育研究所(NICHD)のDuane Alexander所長は,親や養護者は睡眠時の厚着や毛布のかけすぎを避け,室温を上げすぎないように注意すべきであると、警告した。乳幼児突然死症候群(SIDS)で死亡する乳児の数は,寒冷期に増加する。多くの親は乳児の身体を保温するため就寝時に厚着をさせたり,余分に毛布をかけたりする傾向がある (NICHD Alerts Parents to Winter SIDS Risk and Updated AAP Recommendations January 18、2006)。 米国は、SIDSリスクについて「暖めすぎに注意」を2006年に警告したが、日本の厚労省は「暖めすぎ」をSIDSリスクに認めようとしないのは何故だろうか、疑問が湧く。厚労省が「暖めすぎ」をSIDSリスクに認めると、SIDSは原因不明の病気ではなくなり、赤ちゃんの心肺停止は原因不明ではなく、事故と診断されるからである。 ■日本の『SIDSの定義』が、医学の進歩を妨げている 私が、SIDS学会(2002年)で、SIDS予防7カ条、 『暖めすぎに注意』の提言をしてから10年以上経って、日本産婦人科医会発行(2013年)の『新生児のプライマリケア』に、SIDSリスクに『暖めすぎ』に注意が初めて掲載された。厚労省が温めすぎによる突然死(事故)を原因不明のSIDSとし、定義を見直さないのは、医療事故を原因不明の病気で誤魔化すのにSIDSは都合の良い診断名だからと推察する。事実、カンガルーケア裁判で、原因分析報告書に記載された原因不明のSIDSの存在は、被告病院のミスを原因不明のSIDSで誤魔化すのに非常に便利な診断名となった。カンガルーケアで事故を起こした病院は、原因不明のSIDSに助けられていた。日本でSIDSの定義(原因不明の病気)が生きている限り、日本の医療は間違った方向に進むのは確実である。日本では、『SIDSの定義』 は事故を闇に葬るために準備された医療側に都合の良い診断名と言わざるを得ない。 9.結論 カンガルーケア中の心肺停止は原因不明ではなく、医療事故である 渡部医師が周産期シンポジウム (2010年)で述べた様に、『生直後は胎内から胎外へのダイナミックの環境の変化に曝され、一生のうちで最も不安定な時期でもある。低体温、低血糖、低酸素などの誘因で容易に、『肺高血圧症』が惹起される。カンガルーケアは非常に呼吸・循環が不安定な時期に行われるケアであることを、周産期関係者は留意する必要がある』。渡部医師のこの一言が、裁判の決め手となる。 出生直後のカンガルーケアは、肺高血圧症・窒息などの危険性が予測されていたのであり、予測された心肺停止事故はSIDSの定義に反する。原因分析委員会は、カンガルーケア中の心肺停止を原因不明のニアミスSIDSと診断すべきではない。また、原因分析委員会がカンガルーケア中の心肺停止を原因不明とし、肺高血圧症(チアノーゼ⇒低酸素)、低血糖症(無呼吸⇒低酸素)、うつぶせ寝(窒息⇒低酸素)が原因で引き起こされた医療事故をニアミスSIDSで誤魔化す手口は、事故の再発防止、医学の発展を妨げるものであり、産科医療補償制度の目的に反する。 ■以上から、被告病院は、寒い部屋(分娩室・母子同室)で、窒息の危険性のある 『うつ伏せ寝』でカンガルーケアをさせたのが一番の間違い。大阪・福岡1・福岡2・宮崎の4事例は、出生直後の赤ちゃんに体温管理(図16)を行い、呼吸循環動態が不安定な時期を母子同室にせず、新生児室で管理し、窒息の危険性の高い『うつぶせ寝』にせず、母乳が殆ど出ない生後24時間以内の完全母乳をやめ低血糖を防ぐ為の栄養管理を行っていれば、心肺停止事故は100%防げた。日本の歴史的な産湯を止め、赤ちゃんをうつ伏せ寝にしてカンガルーケアを推奨した厚労省の行き過ぎた母乳育児推進運動が事故を誘発させたと結論する。出生直後のカンガルーケアに警鐘が鳴らされていたにもかかわらず、カンガルーケアの安全性の検証をしないで強引に勧めた厚労省の責任は重い。産科医療補償制度の原因分析委員会が被告病院を絶対に『無罪』にしなければならない理由は、危険性の高い出生直後のカンガルーケアを積極的に推進した厚労省の責任をかわすのが目的であったと考えられる。 10.心肺停止事故は、国と学会の新生児管理の設計ミス 今回、ここで述べた『カンガルーケア裁判を検証する』を世に発表する理由は、心肺停止事故の責任の所在を明らかにすることである。責任の所在がはっきりしていない事が、心肺停止事故を繰り返す要因になっている。どんなに医学が進歩しても、事故を防ぐ基本的設計が間違っていれば心肺停止事故・発達障害児が増えるのは当然である。国と学会は、それらの原因が分かっているにも関わらず、心肺停止を原因不明とし、真の原因を公表しようとしない。理由は、カンガルーケア中の心肺停止事故は、厚労省の行き過ぎた母乳育児の3点セットに原因があるからだ。 ■世界的に有名な独VW社の設計ミスはなぜ放置されたのであろうか、同社の設計ミスは会社の存続さえ危うくするものである。ところが、日本のお産の現場には、それ以上に重大な『設計ミス』が放置されている。厚労省が設計した母乳育児の3点セット(出生直後のカンガルーケア+母子同室+完全母乳)である。この3点セットがカンガルーケア中の心肺停止事故を繰り返し、発達障害児を増やす要因となっている。今までに経験したことがない心肺停止事故や発達障害児が増え出すことは、お産の設計図(ガイドライン)の何かが間違っていると考えるべきである。現代産科学の一番の間違い(設計ミス)は、出生直後の体温管理(保温)の重要性を見落としたことである。出生直後の赤ちゃんの保温が重要である事を分かっていながら、現代産科学は日本の歴史的な『産湯』を廃し、母乳育児推進のために寒い部屋でカンガルーケアと母子同室を強行したことは厚労省と学会の紛れもない設計ミスである。 ■私の研究で、赤ちゃんを寒い部屋で体温管理(保温)を怠ると、チアノーゼ(低酸素血症)の赤ちゃんが増え、温かい部屋(保育器)で管理するとチアノーゼが出ないことが分かっている。体温管理の重要性を見落とした母乳育児推進のための『設計ミス』が原因で、心肺停止事故・発達障害児が増えているのであれば、国を滅ぼしかねない。実際に福岡市では、完全母乳(1993年)とカンガルーケア(2007年)が導入された時期に一致して、発達障害児が驚異的に増えているからだ(図8)。福岡市の現実を国(厚労省)と学会は何故無視するのか、厚労省が母乳育児3点セットの設計図を見直さない限り、心肺停止事故は繰り返され、発達障害児の増加に歯止めは掛からない。 11.おわりに 私は、産科医として約2万人の赤ちゃんを取り上げ、その臨床データをもとに久保田式の温めるケアと超早期混合栄養法を確立し、当院で生まれた約10.000例の臨床成績を学会に発表した(図17)。大学関係者からの想定外の反論に驚いた私は本を書く一大決心をした。平成26年11月に長年の研究をまとめた著書『カンガルーケアと完全母乳で赤ちゃんが危ない』を小学館から出版した。厚労省の母乳育児3点セット(出生直後のカンガルーケア・母子同室・完全母乳)に警鐘を鳴らした。さらに、SIDSは原因不明ではない、着せ過ぎ・うつ伏せ寝に注意、発達障害は遺伝ではない、生まれる病院で発達障害は5倍違った、などについて述べた。平成27年3月12日、私の著書を読んだ自由民主党障害児者問題調査会(衛藤 晟一会長)から同調査会の有識者ヒアリング(自民党本部で開催)の講師として招聘され、同調査会メンバーの議員、厚生労働省、文部科学省の担当官の前で講演する機会を得た(図18)。私は、これで母乳育児の3点セットは見直されると厚労省に期待した。しかし、私の期待とは裏腹に、今年も厚労省の出席の下に、新たに4施設が「赤ちゃんに優しい病院(BFH)」に認定された。私が、出生直後のカンガルーケアに強く反対する理由は、カンガルーケア中の心肺停止事故を防ぐだけでなく、原因不明とされる発達障害児の驚異的な増加に歯止めを掛けるためである。私は発達障害児の増加を30年前から予測(図19)していたが、現実は私の予想をはるかに超えていた。 近年、日本で発達障害児が急激に増える理由は、1993年に母乳育児推進運動、2007年に厚労省の『授乳と離乳の支援ガイド』が公表され、寒い部屋で出生直後のカンガルーケア・完全母乳・母子同室の母乳育児の3点セットが急速に普及したからである。尚、カンガルーケア中の心肺停止事故は2007年以降から増えた。つまり、元気で健康な赤ちゃんを世に送り出すためには、日本の伝統的な産湯(温めるケア)を復活させ、母乳の出が悪い生後数日間の栄養不足を糖水・人工ミルクで補足し、飢餓状態(低栄養+脱水)を防ぐことである。分かっていても元に戻せないのが厚労省である。昔のお産、つまり、出生直後の産湯と人工乳を復活させ、発達障害が急激に減る事を恐れているのが厚労省と学会である。発達障害の原因が遺伝・ワクチンではなく、出生直後の新生児管理に問題があると明らかになるからである。発達障害は原因不明、遺伝や環境因子が考えられるとして、原因を曖昧とした方が厚労省にとって都合が良いのである。 私は、大阪・福岡1・福岡2・宮崎の4事例は、新生児管理の基本である低体温・低血糖を防ぐための管理を怠ったこと、窒息の危険性のあるカンガルーケア(うつぶせ寝)にしたことが原因と確信する。産科医療補償制度は、脳性麻痺の原因分析・再発防止・医学の発展のためにつくられた制度である。しかし、実際は、心肺停止事故をSIDSで誤魔化し、赤ちゃんをカンガルーケア(うつ伏せ寝)と飢餓(低栄養+脱水)に陥れる危険性のある母乳育児3点セットを推奨した国と学会の設計ミス、その責任逃れに役立たせるのが本制度の目的であるような気がする。事実、裁判の判決がそれを物語っている。被告病院が裁判所に提出した原因分析報告書が中立的な立場からの公平な報告書であったならば、カンガルーケア裁判は、被告病院の勝訴はなかったと考える。『医者や科学者は、人類が繁栄する方向に努力する責務がある』 九大名誉教授 井口 潔先生の言葉である。公平で、偽りのない原因分析報告書こそが、日本の周産期医療の発展に貢献すると確信する。 |
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平成27年10月5日 | ||||||||||||||