会員訪問 おじゃましまーす
2004年4月5日 福岡県保険医新聞

 今回は、福岡市中央区平尾で産婦人科・麻酔科を開業されておられる久保田史郎先生を訪問しました。先生は、乳幼児突然死症候群(SIDS)は『着せ過ぎによる放熱障害が原因』と、そのメカニズムを体温調節機構の面から解明し世界に先駆け新仮説を発表された方です。

 先生は東邦大学医学部を卒業(昭和45年)後、九州大学麻酔科で2年間、九大産婦人科・福岡赤十字病院で10年間研修され、昭和58年に開業されました。麻酔科時代に臨床体温に関心を持たれた先生は、『赤ちゃんの体温調節と栄養に関する研究』をライフワークとされ、その研究成果は新生児早期の初期嘔吐や重症黄疸、今回のSIDSの原因を解明する糸口になったそうです。
 開業以来、約10000人の出産に立ち会われた先生は、その臨床経験から健康で丈夫な赤ちゃんを授かる為には、妊婦はもちろん赤ちゃんにも『予防医学』の導入を急ぐべきだ。わが国の周産期死亡率(死産)は減ったが、発達障害児の赤ちゃんが増え続けている。
 福岡市では2002年度の出産数、約13000名の中、580名(約1/22名)が発達障害児と診断されている。私は、その多さに驚いた。障害児が増える理由は何か。赤ちゃんを守る予防法はないのか。と尋ねた。氏は、ある本をとり出し、5000人の赤ちゃんのデータを示しながらその問題点と予防法について語った。

『赤ちゃんを障害から守る予防医学』
その(1) 「妊婦の便秘と太り過ぎを解消する」、早産・胎盤早期剥離は便秘症に、難産・妊娠中毒症は太り過ぎの妊婦に多い。便秘は野菜などの食物繊維の不足・睡眠不足・タバコなどの不摂生が原因。肥満妊婦の特徴は、夕食時間が遅く朝食ヌキの人が多い。食生活習慣を改善し体調を整え、便秘と肥満をなくす事が赤ちゃんを障害から守る。

その(2) 「妊婦の体調を整える水中散歩」、妊娠中は下肢静脈瘤・浮腫・腰痛症・便秘などに悩まされる。運動不足、睡眠不足、太り過ぎはこれらの症状を増悪し、さらに末梢血管が収縮すれば血圧が上がり妊娠中毒症となる。ところが、水中散歩はこれらの不快な症状を見事に解消する。水中散歩は陸での散歩と違い、末梢血管の拡張作用と利尿作用にすぐれているからだ。と説明する。妊娠中毒症の予防・治療に、水中散歩の効用に期待を寄せる。

その(3) 「妊婦と赤ちゃんを守る産科麻酔」、分娩時の我慢できない痛みは、産婦に過呼吸を招き胎児仮死の原因となる低酸素血症を来す。陰部神経ブロックによって痛みを取ると産婦の過呼吸は正常となり、子宮血流量は改善され胎児は再び元気を取り戻す。麻酔は痛みを取るだけでなく、局麻剤がもつ筋弛緩作用が産道をやわらげ児をスムーズに娩出させる。強過ぎるお産の痛みを我慢する事は、まさに百害あって一利無し。わが国でも、産科麻酔を積極的に取り入れるべきだ。

その(4) 「分娩直後の赤ちゃんを、低体温から守る」、羊水で濡れた裸の赤ちゃんは、分娩と同時に体温が下がる。体温低下が著しい赤ちゃんは吸啜反射に乏しく、初期嘔吐などの哺乳障害を引き起こす。児を低体温から守るための生後2時間の保温は消化管機能をより早く改善し、生後一時間目からの超早期混合栄養法を可能にする。氏は、寒さを訴えることが出来ない赤ちゃんだからこそ、分娩直後の体温管理が重要だ。と訴える。

その(5) 「赤ちゃんを栄養不足から守る」、特に初産婦では、分娩後3日間、母乳分泌は殆ど期待できない。母乳だけに栄養を頼る完全母乳哺育法では、赤ちゃんを容易に栄養不足に陥らせる。その証拠に、児の体重は著しく減少し黄疸が出る。脳に悪影響をおよぼす重症黄疸、低血糖症・頭蓋内出血は、その栄養不足が主原因と注意を促す。厚生労働省がすすめる母乳育児を成功させるための10ヵ条、『医学的な必要がないのに母乳以外のもの、水分、糖水、人工乳を与えないこと。』が存続する限り、栄養不足によるトラブルは減らないと警告する。母乳が満足に出るまでの期間、母乳分泌の不足分を人工乳で補う超早期混合栄養法は、赤ちゃんを障害から守るための秘訣。事実、久保田産婦人科では、治療を要する重症黄疸は1000人に1人も出ないと云う。

『SIDSから赤ちゃんを守るための予防法』
SIDSは着せ過ぎ・暖め過ぎによる“うつ熱”が原因と、わが国の病気説を否定する。 
SIDS予防法:
(1)室内では、睡眠中の赤ちゃんに帽子、靴下、毛布などを着せ過ぎないよう注意。
(2)うつ伏せ寝は放熱した熱で腹部を暖め、うつ熱を招く危険があるので仰向けに寝かせる。
(3)熱めの人工乳は児の体温を上昇させるので、温め過ぎに注意。
(4)ストーブの側・ホットカーペットの上に寝かせない。
(1)と(2)・(3)・(4)の組み合わせは最も危険な状態と云う。
ところで、厚生労働省はうつ伏せ寝、人工乳、タバコの3項目をSIDSの危険因子と発表したが、久保田先生は『着せ過ぎ』が最も危険と、その理由を話す。
SIDSのキーワードは、うつ熱、産熱低下、持続的睡眼、筋弛緩、呼吸抑制。そのメカニズムをSIDS学会・ホームページなどで発表している。
氏は最後に、『赤ちゃんを科学することが予防医学の始まりです』と結んだ。

 さて、筆者が先生を存じ上げるようになったのは、16年前、長男の妊娠の際、九州大学・救急部の兄(昭憲)から紹介されたのが契機です。久保田先生は日常の診療の経験を日々考察し、マトメられ、学会発表されている。『仕事柄、24時間待機状態のストレスフルな毎日だが、気分転換は気の合う仲間たちとのテニスですヨ!』と明るく微笑まれたのが印象的であった。
(聞き手・財津吉和)