赤ちゃんにもRecovery Roomを
 大きな手術をうけた患者さんは、手術そのものや長時間の麻酔のため体力が消耗し体温も下降しています。そのような時には、術後の患者さんをすぐに一般病室ではなく特別な回復室(Recovery Room) で管理し、術後の良好な回復を図ります。体温の管理もRecovery Roomでの重要な管理項目のひとつです。術後の患者さんの多くは低体温となっているため、体温をすみやかに正常化することが術後の回復を早め合併症を未然に防ぐことになります。
 WHO/UNICEFの母乳推進10カ条の第4条では「出産後30以内に母乳を飲ませられるようにすること」とあります。この第4条の目的は母と子のスキンシップを形成するためと考えられています。出産後30分では母乳分泌はほとんど期待できずあっても極わずかです。もし仮に十分な母乳分泌があったとしても、通常の管理では赤ちゃんの胃や腸は血管収縮による血流低下で活動が弱く、飲んだ母乳は消化されず胃の中にしばらく留まるか、嘔吐されるのです(初期嘔吐)。そのため、消化吸収されて血糖値が上昇する、ということにはならないのです。その理由は“産湯と乳母”で述べたように、生まれた直後の赤ちゃんの子宮内と分娩室の温度格差によって生じた末梢血管の収縮によるものです。すなわち、出生直後の赤ちゃんは子宮内の高温状態から分娩室の低温環境への急激な温度変化への対応の結果(末梢血管収縮のため)、呼吸循環機能/血糖調節機能/消化器機能などに支障をきたすようになるのです。そのまま放置すれば低体温となりさらに危険です。そのため、出産直後の赤ちゃんの保温が重要なのです。最近の母乳哺育を奨める施設では、分娩直後から赤ちゃんをだっこしてお母さんの肌で暖めるカンガルー哺育という方法が好まれています。この方法はスキンシップには最適かも知れません。
 しかし、カンガルー哺育は赤ちゃんの体温管理にも十分なのでしょうか。出生直後の体温管理は、出生直後の赤ちゃんの末梢血管の収縮が何10分/何時間で改善されるか、が問題なのです。おそらく、カンガルー哺育による赤ちゃんの体温管理は、その日の気候/分娩室の温度/産婦さんの衣服や抱き方などに大きく左右されるのではないでしょうか。また、分娩中や出産直後にしばしば発症する低酸素血症の治療や予防には不向きかと思われます。当院では、保育器内の室温を32℃(夏期)〜34℃(冬期)にして出産後ただちに収容しています(2時間)。現在では保育器を常備していない産科施設はないと思います。保育器の利点は、分娩中〜分娩直後にしばしば発症する低酸素血症の治療のため適切な量の酸素が流せること/器内が一定の温度であり裸の赤ちゃんを収容でき皮膚の色や手足の動きなどを観察できること、などです。正常成熟児では保育器の温度を34℃より高温にすると暖め過ぎのため呼吸抑制などが出現し危険です。上から赤外線で暖めるインファント・ウオーマーは、赤ちゃんの表面近くの温度が40〜50℃ぐらいになり長時間の使用は危険です。赤ちゃんの保温には様々な方法がありますが、保育器が最も効果的で安全かつ有用と思われます。
 このようにして出産直後のわずか2時間ですが、赤ちゃんを保育器(=回復室:Recovery Room) に収容することによって、寒冷環境によるストレスから赤ちゃんを守り、赤ちゃんの呼吸/循環機能・血糖調節機能・消化器機能などを改善し、その後の適応過程がスムーズになるのです。
 ここで述べたような赤ちゃんの管理は、未熟児医療の現場では当然のことのように行われています。予防医学の観点に立脚した体温管理と濃厚な栄養管理が、未熟児の生存率を大幅に改善したのです。正常/成熟児にも予防医学を積極的に導入しようではありませんか。健康に生まれた赤ちゃんが低温ストレスによって呼吸循環障害/血糖調節障害/哺乳障害などを起こしてから治療したり、栄養不足によって重症黄疸が発症してから治療をするよりも、健康に生まれた赤ちゃんに予防医学に基づいた管理をおこない、より健康になるようにする方が、どれだけ望ましいことでしょう。当院で生まれた約8000人の赤ちゃんがそれを物語っているのです。
(Sep 6,2001)