乳幼児突然死症候群は着せ過ぎ(放熱障害)が原因
久保田史郎
日本新生児学会雑誌2003:39:437
はじめに
人間は、生命ある限り『熱』を産生し続ける。しかし、何らかの理由で熱産生が減少し続けた時、それは死を意味する。例えば、体温調節機構が欠如した無脳児は、体温下降が生じても放熱防止のための末梢血管収縮、熱産生のための啼泣(筋肉運動)は抑制され、体温は低下し続け死に至る。健康な乳幼児でも着せ過ぎなどによって放熱機構が著しく障害され、高温多湿環境下に長時間放置された場合、赤ちゃんは体温上昇(うつ熱)を防ぐために産熱抑制(睡眠=筋弛緩)を余儀なくされ、眠りから覚めず、呼吸抑制(低酸素血症)を招く。人間は産熱・放熱機構のバランスを調節しながら恒温状態を保つが、それらの機構のいずれかに異常が生じた場合、アクシデントが生じる。SIDSは病気ではなく、乳幼児が恒温状態を維持する為に産熱抑制を強いられる環境に遭遇した時に発症すると推察された。

研究目的
 乳幼児突然死症候群(SIDS)は仰向け寝運動によって発生頻度は減少したが、SIDSの原因は未だ不明である。本症の病態は睡眠からの覚醒反応の遅れが原因と考えられているが、何故眠りから覚めないで死に至るのか、そのメカニズムも解明されていない。 疫学調査によれば、本症はうつ伏せ寝、着せ過ぎ、夏より冬に多い、人工栄養児に多い、また剖検では死亡後にもかかわらず体が温かい、発汗が強い、などが報告されている。特に、剖検所見はSIDSに特有であり注目すべき点である。これらの疫学調査の中にSIDSの原因と結果(剖検所見)が潜んでいると仮定すれば、全てに共通した体温(環境温度)こそが本症と最も深い関わりがあるのではないかと考えられる。そこで、以下の内容について体温調節機構の側面からSIDSの原因を検討した。

研究内容
1) 新生児の体温調節の仕組みについて… 図1(A)、図1(B)
2) うつ伏せ寝は体温調節機構にどの様な影響をおよぼすのか…図2
3) 着せ過ぎは環境温度(衣服内)にどの様な影響をおよぼすのか…図3
4) 高温環境は児の体温調節機構にどの様な影響を及ぼすのか…図4
5) SIDSの発生機序…考察

対象と方法
 当院で出生した正常成熟新生児を対象に、深部体温計(テルモ社:PD-3)を用い、児の中枢(前胸部)と末梢(足底部)深部体温を同時に30秒毎に測定した。また児の環境温度として室温と衣服内温度を測定した。その他、心拍数、呼吸数、経皮的酸素分圧(TCPO2)、および児の行動(睡眠/覚醒/啼泣)の観察を行った。