本の窓

「カンガルーケア」と「完全母乳」で赤ちゃんが危ない

自著を語る

国が奨励する「赤ちゃんに優しい出産」は、母と子を危険にさらしている

久保田史郎
「カンガルーケア」と「完全母乳」で赤ちゃんが危ない
1945年生まれ。
久保田産婦人科麻酔科医院院長、医学博士、日本産科婦人科学会専門医、麻酔科標榜医。
約2万人以上の赤ちゃんを取り上げ、その臨床データをもとに麻酔医の視点からより安全な新生児管理法として「温めるケア」を確立。厚労省が推奨する「出生直後のカンガルーケア」と「完全母乳」に警鐘を鳴らす。著書に『THE OSAN 〜安産と予防医学〜』(自費出版)がある。
       2014年12月号

(本文)
産科医不足で受け入れる病院がみつからない「出産難民」という言葉が叫ばれ、妊婦のたらい回しという悲しい事件もありました。それとともに、生まれたばかりの赤ちゃんの医療事故の訴訟が相次いでいます。
この2つの問題はつながっているように思います。
いま、日本のお産の現場では、母乳以外は水も与えるべきではないという「完全母乳」、生まれたばかりの赤ちゃんを母親の胸に抱かせて管理させる「カンガルーケア」(早期母子接触)、そして「24時間母子同室」の3点セットが”赤ちゃんに優しい出産”であると信じられています。
本当に優しいのでしょうか。このお産の”常識”が、赤ちゃんを危険にさらしていることはお母さんたちには全く知らされていません。
初産婦でも経産婦であっても、ほとんどの母親は出産直後はほとんど母乳が出ません。赤ちゃんに必要十分な量がでるようになるのは数日後(3日目頃)からです。
それなのに、3点セットを奨励する多くの病院では、出産直後で疲れ切った母親に3時間毎に母乳を飲ませるように指導し、母親たちはフラフラになりながら出ない母乳を与えさせられています。赤ちゃんがお腹をすかせて泣いても、「赤ちゃんは3日分の弁当と水筒を持って生まれてくるから大丈夫」と人工乳や糖水を一切与えないところが非常に多い。帝王切開で出産し、麻酔が切れて痛みに苦しんでいる母親にまで「スキンシップが大切だから」とカンガルーケアをさせています。
こうしたやり方は、母親にも、飢えて泣いているのにミルクをもらえない赤ちゃんにとっても拷問です。
実は、「3日分の弁当と水筒」説には科学的根拠はなく、医学的に見ても、生まれてすぐに必要な栄養を与えられない赤ちゃんは低血糖症や重症黄疸などに至る危険性が高い。その後遺症として何らかの障害を負ってしまうリスクが高まることも心配です。完全母乳に加えて、出産直後のカンガルーケアは赤ちゃんの体温を低下させ、低血糖症などの危険をさらに増幅させています。心肺停止事故は、疲れた母親にカンガルーケアで赤ちゃんを管理させているときに起きているケースが多い。
私は産科医になって40余年、2万人近い赤ちゃんをとりあげ、その臨床データを基に新生児の体温と栄養についての研究を重ねてきました。研究結果から、3点セットは母親にも赤ちゃんにも百害あって一利もない極めて危険な新生児管理法だと断言できます。
 久保田式の新生児管理法は日本の”常識”とは正反対です。当院で生まれる赤ちゃんを全員、出産直後に2時間、保育器(34度⇒30度)で温め、糖水を与えます。久保田式で温めた赤ちゃんはほぼ例外なく生後1時間目から体重3000グラムなら30CCの糖水をぐいぐい飲んでくれます。3点セットを推奨する新生児科医は、「新生児に糖水や人工乳を与えても生理的初期嘔吐で自然に吐いてしまう」と考えているようですが、初期嘔吐は温かい母親の胎内から寒い分娩室に生まれて体温が低下し、胃腸の機能が十分に働かないために起きているのです。現代の産科学は赤ちゃんの体温管理を重視せず、「吐いて当たり前」と間違った常識に捕らわれています。
同じことは体重管理にもいえます。完全母乳主義で人工乳を一切与えない病院では、出生後の数日間、赤ちゃんの体重が一時的に10〜15%減っても「生理的体重減少」、つまり自然なことだと母親に説明しています。しかし、当院で生まれた赤ちゃんの臨床データでは、温めるケアで糖水や人工乳を与えた赤ちゃんはピーク時でも平均2%しか体重が減りません。10〜15%の体重減少は明らかに飢餓状態なのです。
国が「完全母乳」「カンガルーケア」「24時間母子同室」の3点セットを”赤ちゃんに優しい”という間違った宣伝文句で奨励してきたのは、生まれたばかりの赤ちゃんを母親に管理させることによって医療スタッフの負担を軽くする意図があるのです。
日本の間違ったお産の常識を一刻も早く改めなければ、赤ちゃんはとても危険な状態に置かれています。