平成 20 年度こども未来財団調査研究事業
「妊娠・出産の安全性と快適性確保に関する調査研究」

分担研究報告書
分担研究者:吉永宗義(日本赤十字九州国際看護大学 教授)
研究協力者:依田 卓(町田市民病院小児科 新生児担当部長)
      関 和男(横浜市立大学附属病院市民総合医療センター小児科 准教授)
      山内芳忠(国立病院機構岡山医療センター 臨床研究部長)
      林 時仲(旭川医科大学周産母子センター 講師)
      堀内 勁(聖マリアンナ医科大学小児科 教授)
      永山美千子(日本母乳の会運営委員)

研究課題「赤ちゃんにやさしい病院」における分娩直後に行う母子の皮膚接触(early skin to skin contact)の実態調査

要旨
分娩直後に行われる母子接触(いわゆる分娩直後のカンガルーケア)の実態を把握するために、全国の「赤ちゃんにやさしい病院」を対象に実態調査を行った。42施から回答を得た(回48答率87.5%)。23施設(54.8%)で原因不明のチアノーゼや心肺停止、体制が崩れて転落しそうになったといった事例57例を経験していた。

背景
母乳育児と母と子の絆の形成に良い影響を及ぼすことから、多くの産科施設において出生直後からの早期母子接触(early skin to skin contact)、すなわち分娩直後のカンガルーケア(以下KC)が行われている。
最近、分娩直後のKC中の心肺停止症例や医療介入を必要とする事例の報告が相次いでおり、実施そのものを問題視する動きもある。分娩直後のKCの実態を明らかにし、望ましいあり方について検討する必要がある。

目的
分娩直後のKCをルーチンに行っている「赤ちゃんにやさしい病院」の分娩直後のKC
の実態を調査し、もって望ましいあり方について検討すること


対象
 ユニセフ・WHOから母乳育児を積極的に推進する病院として認定されているわが国の「赤ちゃんにやさしい病院」のうち、2007年までに認定された48施設を対象とした。
方法
郵送によるアンケート方式を用い以下の項目について調査した。
1) 導入年
2) 実施時間
3) 家族の立ち会いの有無
4) 施中のスタッフの見守り体制
5) チアノーゼ、心肺停止事例の有無とその詳細
6)NICU搬送例の有無
7) 他施設からの搬送例の有無
8) 経皮的動脈血酸素飽和度モニタリングの有無
9) 分娩直後のカンガルーケア導入後の分娩数
10)分娩直後のカンガルーケア導入前の心肺停止症例の有無とその詳細
11)分娩直後のカンガルーケア導入前の分娩数
結果
(1)回答率 実施状況BFH48施設中、42施設から回答を得た(87.5%)。
(2) 実態 
1)事例経験施設数:23 施設(54.8%)でチアノーゼや呻吟などの呼吸障害事例や心肺停止事例を経験していた。
2 )実施時間( 図1) : 30 分以内が5施設(11.9%)、30〜90分が18施設(42.9 %)、120分が16施設(38.1%)であった。

3)家族の立ち会い:37施設(88.1%)が家族の立ち会いを認めていた。
4)実施中のスタッフの見守り体制(図2):カンガルーケア実施中はスタッフが
離れずに常時付き添う施設が 14 施設(33.3%)、常時付き添うことはしないが、母
親にスタッフの存在を知らせて頻回に訪問する施設が 12 施設(28.6%)であった。
5)事例経験施設数と導入後年数(経験年数)との関連(図3):経験年数に関係なく事例を経験していた。

6)事例経験施設数と実施時間との関連(図4):
実施時間30分以内の施設で事例を経験している施設はなかった。しかし、実施時間30〜90分の66.7%の施設、実施時間120分の75%の施設が経験していた。
7)事例経験施設数と見守り体制との関連(図5):実施中のスタッフの見守り体制について具体的な記載のあった26施設を対象に検討した。実施中は離れず常時付き添うという施設では6/13施設(46.2%)が経験していたのに対し、常時付き添うのではなく、頻回の訪室を行っている施設は6/11施設(54.5%)であり、見守り体制に差はなかったが、常時付き添う施設が若干少なかった。
8)事例数と施設種類との関連:産婦人科医院では、産婦人科医院数22施設中13施設(59%)で経験していた。一方、センター病院や総合病院産科は 20施設中10施設
(50%)で経験していた。事例数では産婦人科医院で39/52例(75%)、センター病院や総合病院産科で13/52例(25%)と産婦人科医院に多いが、背景の分娩数は産婦人科医院が58000件、センター病院・総合病院産科が29000件であるので1000出生あたりでは産婦人科医院0.67、センター病院0.45であった。
9)経皮的動脈血酸素飽和度によるモニタリングについて:回答のあった22施設中7
施設(31.8%)でモニタリングを実施していた。

(3) 実際の事例
1) 原因不明のチアノーゼ 9例
  チアノーゼ出現し刺激で回復した
  開始した直後にSPO2低下を来たしたなど
2) 羊水・肺水による気道閉塞 3例
  児が吐いた羊水で口腔内が閉塞した
  粘液が気道を閉塞し体色が不良となった
  おそらく窒息し呼吸停止した。心肺停止で発見、蘇生術を施行し蘇生したなど
3) 体勢が崩れて気道閉塞 6例
  児の体勢が崩れ顔が乳房間に埋もれた(母親は寝入っていた)
  うつ伏せになってしまい鼻が閉塞した
  体勢が崩れて口を圧迫したなど
4) 原因不明の窒息 1例
5) 無呼吸発作 1例
6) 呼吸器疾患(TTNB,MAS)13例
  多呼吸、呻吟が出現した
  羊水混濁を認め開始後に呻吟が出現したなど
7) 転落しそうになった 2例
  児が動いて転落しかかった(母親は寝入っていた)など
8) 低体温 2例
9)心疾患 1例 チアノーゼを発症、精査で先天性心疾患だった
10)食道閉鎖 1例
11)先天性気管狭窄 1例
12)非開放型脊髄髄膜瘤 2例
13)GBS感染症 1例
14)低血糖 2例
15)不明 12例


3.実際の対応
気管挿管による蘇生術 2例
多くは刺激、口腔内吸引、酸素投与で改善

考案
 原因不明のチアノーゼや気道閉塞などの事例は分娩直後のKC導入後年数に関係なく、また実施時間に関係なく、医療スタッフが離れずに常時付き添っていても発症していた。このことは分娩直後のKCでは、原因不明のチアノーゼや気道閉塞などの事例は起こりうることを示している。これらの事例がKCと関連しているかどうかについては今後の検討が必要である。 
産婦人科医院と総合病院産科・センター病院との比較では産婦人科医院の発症率が若干高かったが、これは産婦人科医院で分娩数が多いことや軽症例も拾い上げていることによるものであり、産婦人科医院に特別に多いということではないと考えられた。 

KC実施時の体勢(腹臥位で母親と接触することで温められる)がSIDSのリスクであることから、原因不明のチアノーゼはSIDSではないかとも考えられるが、同様の体勢で早産児に行われるKCではSIDSの報告がないことから、関連については現時点では不明である。今後の研究が必要である。
しかし、分娩直後にKCを行うことで原因不明のチアノーゼや気道閉塞などが相当数発症していることは事実であり、それを医療スタッフが気付くことで死亡事例に至らずにすんでいると捉えることもできる。これらの事例とKCとの関連性も明らかにする必要がある。

 分娩直後のKCは、母乳育児や母子関係に及ぼす効果を考慮すると実施すべきであるが、KCが誘因となるという因果関係は不明であるが、生命に関わる事態が見られることもある。分娩室ではどのくらいの人員で、どのような体制で母子に対する支援や安全管理を行うべきかの検討が必要であり、分娩室の安全管理を捉え直す時期ではないかと考える。 

現時点では、分娩直後の KC では原因不明のチアノーゼや心肺停止事例は起こりうるものであること、正常新生児には胎外環境に適応できない児が必ずいることの認識が必要であり、分娩直後の KC 実施にあたっては、1)児の状態を的確に評価して、実施してよいかどうかの適応を見極めること、また助産師の診断能力を高めること、2)危急事態に備えること(NCPR の講習に積極的に参加するなど)、3)人員を含めた医療環境を整えること、4)事前の説明と同意を得ること、5)母子を放置しないこと、が重要である。   経皮的動脈血酸素飽和度によるモニタリングについては、第5のバイタルサインとして診断の補助にすることは必要であるが、監視を器械にまかせて母子の観察を怠ったり、母子を放置することは厳に慎まなければならない。

以上は、出生直後の母子接触のあり方に関する調査、より引用