産直後カンガルーケアの是非
 
母子の絆深める目的の半面、事故で訴訟も

2011年6月20日 星良孝(m3.com編集部)

産直後に母親が新生児を胸に抱くカンガルーケアが広がっているが賛否が分かれる。
カンガルーケアが母子の絆を強めるとの見方の反面、ヒヤリハット事例が続くからだ。
死亡や脳機能障害が起きたと訴訟に発展する事例もある。実施は是か非か。

出産直後のカンガルーケア禁止を
「出産直後のカンガルーケアは低体温症を引き起こすため危険」と訴える久保田産婦人科麻酔科医院の久保田史郎氏。

「カンガルーケアは新生児の低体温を招くため危険。出生直後のカンガルーケアは即刻中止すべきだ」。久保田産婦人科麻酔科医院(福岡市)の久保田史郎氏はこう説明する。

訴訟相次ぐ

カンガルーケアの問題は、カンガルーケア最中に、チアノーゼ・気道閉鎖などのヒヤリハット事例、心肺停止などの医療事故が相次いでいること。中には脳機能障害や死亡に至った事例もある。今年5月にも福岡で訴訟が起きているほか、訴訟は続いている。今年の福岡の例では、女児がカンガルーケア後に呼吸停止となって植物状態になった。両親は医療機関が経過観察を怠ったと主張している。

 信州大学が実施した調査によると、カンガルーケア中のヒヤリハット事例で最も多かったのは「チアノーゼの増強」だった。そのほかのケースは、「子供が冷たくなってきた」「血中の酸素分圧が上昇しない」「呼吸をしていない」「子供を落としそうになった」「気道閉塞」「子供が動かなくなった」と続いた。

 久保田氏は、カンガルーケア中のチアノーゼや心肺停止は、出産直後の低体温症が引き金になっていると日本母乳哺育学会(2009年)で報告している。胎児は38度前後の温かい子宮内で過ごし、分娩を境に25度前後の分娩室に生れて、約13度の環境温度差で、寒冷刺激を受ける。

 久保田氏は、「放熱抑制のために末梢血管が収縮し、産熱亢進んために啼泣(筋肉運動)をする。そうしてカロリー(糖分)消費量が増大する。末梢血管収縮とカロリー消費の増大が、子供を低血糖症に陥らせ、自律神経機能不全や脳神経発達に障害を引き起こす危険性がある」と話す。経口的に栄養摂取がまだできない段階は低血糖症に陥りやすい。

 さらに、高インスリン血症の小児にとっては重大となる。久保田氏は、胎児の中には、母親が妊娠糖尿病でなくても、血糖値を下げる高インスリン血症の胎児が6人に1人(20/120人)いるという成績を発表している。分娩前には、どの新生児が高インスリン血症児か分らない。「症状が表に出なくても、中等度の低血糖症が長時間に及ぶと、脳神経発達に永久的な障害を引き起こす恐れがある」と久保田氏は懸念する。

 「カンガルーケアの問題点として、心肺停止事故だけでなく、無症候性低血糖症の新生児を増やし、原因不明の発達障害児を増やす危険性があることがある。福岡市では、カンガルーケアが普及し始めた頃から、発達障害児が増加した」と、久保田氏は産後の対応と小児の発達が無関係ではないと見ている。

 さらに、久保田氏は、「カンガルーケア中のチアノーゼや心肺停止は、生後1時間目ごろに集中している。この時間帯は下肢の末梢血管が最も収縮し、同時に肺動脈血管を収縮させる。肺高血圧症を引き起こしやすい」と話す。

 低体温からチアノーゼに至る。(1)末梢血管収縮が持続的に収縮。下肢から心臓に戻る静脈還流量が減少、心拍出量が減って血圧が低下する。(2)放熱抑制を目的とした末梢血管収縮は、手足だけでなく、同時に肺動脈血管も収縮。右心室から肺動脈に流入する血液の流れを妨げる。(3)心臓(右室)から肺動脈に駆出された静脈血は、血管抵抗(圧)の少ない胎児期の動脈管・卵円孔に向かう──。血液は肺でガス交換されないまま大動脈に直接流入。肺血管抵抗増大によって、肺血圧が体血圧より相対的に高くなり、肺高血圧症が成立する。

 久保田氏は、「肺高血圧が進むにつれてチアノーゼは増強、血中酸素濃度が低下し、やがて心肺停止に至る。さらに静脈還流が減ると、腹部臓器(消化管、肝臓、腎臓など)の循環血流量が減少し、胎内から胎外生活への適応過程にトラブルが発生する」と指摘する。腸管の蠕動運動が抑制され、初期嘔吐や胎便排泄遅延の原因となるほか、肝血流が減少して糖新生が抑制されて低血糖を促進。腎血流が減って尿量も減る。

 「乳幼児突然死症候群(SIDS)と診断されたケースの中に、カンガルーケア中の心肺停止事故もまぎれている可能性もある」というのが久保田氏の見立てだ。久保田氏は、SIDSは着せすぎ(放熱障害)による高体温(うつ熱)が原因と、日本SIDS学会(2002年)、日本新生児学会(2003年)で発表している。カンガルーケア中の心肺停止はSIDSと診断することが難しいと見る。

正常をより正常に

久保田氏は、低出生体重児だけでなく、元気に生れた正常成熟児にも「リカバリールーム」が必要と訴える。発想は術後患者と同じ、術後の低体温症は合併症を増やすことが分っているからだ。「日本の分娩室は大人に快適だが、生れたばかりの赤ちゃんには寒過ぎる。生後2時間は新生児を酸素が流れる温かい保育器に入れ、低体温、低酸素,低血糖から赤ちゃんを守るべき」と話す。

 カンガルーケアを実施しないアプローチにより、カンガルーケアの実施で想定される弊害が払拭されるというのが久保田氏の考え方だ。

 久保田氏は、「カンガルーケアを実施せずに、早期の恒温状態への安定を実現することで、小児の発達障害の懸念を払拭できだけではなく、NICU不足改善や新生児医療の負担軽減による医療費抑制の実現にもつながるのではないか」と述べる。厚労省の「授乳と離乳の支援ガイド」を早期に見直し、カンガルーケアの禁止と共に、出産直後の低体温、低血糖、低栄養、重症黄疸の予防策を講じるべきという。