日本版 「母乳育児を成功させるための10か条」
 
1. 授乳の基本方針を文書にして、医療スタッフに周知徹底しましょう。
この方針を行うのに必要な知識・技術を、医療スタッフに訓練しましょう。

2. 全ての妊婦に母乳育児の長所と短所、方法についての正確な情報を提供しましょう。母乳は赤ちゃんに必要な栄養素や免疫を高める物質が含まれています。母乳を中心とした育児は理想ですが、母乳の出方には個人差が大きく、とくに出産直後の母親は赤ちゃんの発育に必要十分な量の母乳はまず出ません。育児に最も大切なことは赤ちゃんに必要な栄養を与えることです。新生児が必要とする基礎代謝量(50Kcal/kg/日)に相当する母乳が出始めるまでは、カロリー不足・水不足を人工ミルクで積極的に補足しましょう。また脱水症状(発熱・乏尿)を防ぐために水分を100ml/kg/日以上飲ませる様にしましょう。人工乳を罪悪視する必要は全くありません。

3. 母乳が十分に出ているかどうかを知るために、出生初日から退院までの体重を毎日 母子手帳(グラフ)に記録しましょう。早期新生児の低栄養は脳(グリア細胞など)に機能障害を引き起こすことがわかっています。出生体重から5%以上体重が減ったときは人工乳を積極的に飲ませましょう。

4. 母乳分泌を促進するために出生当日(深夜)の母児同室を控え、特に深夜は母親に睡眠を十分とらせましょう。母親は長時間のお産で疲れています。母親の睡眠不足は母乳の分泌が悪くなるため母乳育児の妨げとなります。

 5. 赤ちゃんには規則正しく授乳しましょう。「赤ちゃんが欲しがるときに欲しがるだけ母乳を与える」というやり方では、母親だけが与えたつもりになって赤ちゃんの飢餓のサインを見落としてしまいます。赤ちゃんは満腹になればそれ以上お乳を飲もうとはしません。母乳を与えてもすぐに欲しがるときは母乳の分泌が十分でない証拠です。医学的に必要ですからためらわずに人工乳で補いましょう。

 6. 日本には赤ちゃんは「3日分の水筒と弁当」を持って生まれてくるという説がありますが、科学的根拠はありません。母乳が出生初日から十分に出れば完全母乳で赤ちゃんが飢餓に陥ることはありませんが、実際は産後3日間は、母乳は滲む程度しか出ません。母乳分泌不足を人工乳で補足しなければ、赤ちゃんは容易に飢餓(低栄養+脱水)状態に陥ります。

7.  母乳育児を成功させるためには出生直後の赤ちゃんの体温管理が非常に大切です。38度の母親の温かい胎内から生れた直後の赤ちゃんにとって分娩室は寒く、一時的な「低体温ショック」の状態にありますから、しっかり温める必要があります。赤ちゃんの体を冷やすと胃や腸の働きが悪くなり、せっかく栄養(母乳や人工乳)を与えてもすぐ吐き出してしまいます。とくに日本の寒い分娩室での生後30分以内の早期母子接触に赤ちゃんを温める効果はありません。早期母子接触はやめましょう。

8. 産後の子宮収縮目的の下腹部への保冷剤(アイスノンなど)の使用は乳房への血流を妨げ、母乳分泌を不良にすることが予測されるため、医学的に必要がなければ、母親の下腹部をアイスノンで冷やすことはやめましょう。ましてや保冷剤で冷えた母親に早期母子接触で赤ちゃんを抱かせるのは厳禁です。

9.  赤ちゃんの体温管理では、直腸温だけではなく「足の体温」に留意する必要があります。足が冷たい冷え性の赤ちゃんは腸の血流が悪く、腸の蠕動運動が抑制されて母乳を与えてもすぐ吐いてしまいます(初期嘔吐)。保育器内収容などで積極的に保温を行いましょう。
体温管理(保温)をしっかり行い、足の体温を上げることによって赤ちゃんは食欲(吸綴反射)をまし、胎便の排出が早くなります。呼吸循環動態も安定し、治療を要する低血糖症・重症黄疸のリスクは大きく下がります。

10. 母子手帳には人工乳は乳幼児突然死症候群(SIDS)の危険因子と記載されていますが、それも科学的根拠はありません。むしろ、SIDS防止には赤ちゃんの着せ過ぎ(放熱障害)に注意してください。SIDSから赤ちゃんを守るために睡眠中の赤ちゃんには、帽子・靴下・フトンの着せ過ぎなどに注意しましょう。

  久保田史郎
2015年3月12日