なぜ日本版「母乳育児を成功させるための10か条」が必要か
 
1. WHO/ユニセフが「母乳育児を成功させるための10か条」 を発表した理由
WHOの10か条は 当初先進国(日本など)向けではなく清潔な水がない発展途上国に向けたメッセージであった。第6条の「医学的根拠なしに、水・糖水・人工乳を飲ませてはいけない」は、水道が完備していない途上国では赤ちゃんを感染症から守るために不潔な水で粉ミルクを溶かして飲ませてはいけない、の意味を指している。一方、水道設備が整った清潔な水がある先進国(日本)にはこの第6条は該当しない。
日本には清潔な水と粉ミルクが豊富にある。だから分娩直後の母乳が出ない時期(生後数日間)には、赤ちゃんの飢餓(低栄養+脱水)を防ぐために医学的根拠に基いて最低でも基礎代謝量(50 Kcal /kg / day)に見合う人工ミルクを飲ませるべきである。何故なら、日本人(初産婦)の場合、出生初日から3日間の母乳分泌は滲む程度しか出ていないからである。つまり、生後3日間、糖水・人工ミルクを一切飲ませない完全母乳で哺育すると、日本で生まれるほとんどの赤ちゃんは飢餓状態(低栄養+脱水)に陥ることになる。生後3日間の完全母乳の問題点は赤ちゃんを飢餓(低栄養+脱水)に陥らせ、脳に重大な後遺症を与える危険性があることである。母乳の出が悪い生後数日間は飢餓を防ぐために人工ミルクを飲ませるのが真の「赤ちゃんに優しいケア」というべきである。

ところが、日本では飢餓(低栄養+脱水)による体重減少を医学的検証がなされないまま生理的減少と混同し、WHO・ユニセフの委託を受けた日本母乳の会は人工ミルクを間違った考えに基づいて全く飲ませない病院を「赤ちゃんに優しい病院」と認定、この認定制度を厚労省は後援している。厚労省は自閉症を引き起こしかねない病院を「赤ちゃんに優しい病院(BFH)」と認め、BFH認定式に出席し、お祝いのメッセージを送っている。このことは国が赤ちゃんを飢餓状態に置く危険なケアにお墨付を与えているに等しい。

2. 先進国(日本)において、WHO/Unicefの10か条が危険な理由
★WHOの10か条が日本の赤ちゃんに危険な理由は先進国と途上国の人種差(体質)・食生活・医療の有無・環境温度の違いにある。それらの要因から考えると、出生から生後3日〜5日間に限れば、日本で生まれる完全母乳の赤ちゃんは途上国の赤ちゃんより寒さと飢え(低血糖)に苦しみ、間違いなく飢餓状態に陥っている。その飢餓(低栄養+脱水)が脳(中枢神経)に永久的な障害を与えているのである。赤ちゃんは「3日分の水筒と弁当を持って生まれてくる」と云う科学的根拠のない俗説に騙され、日本の赤ちゃんは出生直後から「飢え」に苦しんでいるのである。早期新生児の低血糖症・重症黄疸・高Na血症性脱水は発達障害の危険因子として日本小児科学会雑誌などに詳しく報告され、産科医・新生児科医にとって医学的常識であるが、その論文を知らない助産師は赤ちゃんが飢餓状態に陥っても人工ミルクを飲ませようとしない。日本の助産師は飢餓を生理的現象と考え違いをしている事は赤ちゃんにとって切実な問題である。日本の赤ちゃんは途上国の赤ちゃんより危険な保育管理下にあることを日本国民は全く知らない。日本で生まれる赤ちゃんにとって、WHO/Unicefの10か条がなぜ危険かについて、私の見解を以下に述べる。

@  日本人の母乳(初産婦)は、生後3日間はほとんど出ていない事実。
  完全母乳の赤ちゃんは、母乳が出始める生後3日〜5日間は飢餓状態(脱水+低栄養)にある。出生からの体重減少率が7%以上も減少するのは栄養と水が不足している証拠である。ところが日本産婦人科医会のガイドラインは新生児の出生からの体重減少率が−10%までを生理的体重減少と決め付け、赤ちゃんが飢餓状態に置かれるにも関わらす、「母乳が出なくて体重が減っても大丈夫だ」と完全母乳哺育推進の根拠とされている。さらに完全母乳を推進する病院には独自に−15%までを生理的体重減少と定義して、それ以上体重が減らない限り人工乳による栄養補給をすべきでないと母親に指導しているケースが非常に多い。(厚労省の「授乳と離乳の支援ガイド」の議事録でも、助産師の委員が−15%まで容認と指摘している)。それが「赤ちゃんに優しい病院BFH」の実態である。日本の周産期医療は世界のトップクラスと評価されているが、発達障害児(自閉症)の驚異的な増加にもかかわらず、赤ちゃんの飢餓をなぜ見逃しているのか重大な問題である。発達障害が増えたのはWHO/Unicefの10か条が悪いのではなく、その10か条が日本人にとって安全かどうかを検証しなかった医学界と厚労省のミスである。尚、早期新生児の飢餓の危険性については久保田が厚労省に何度も報告していた。

A 食生活(果物・ケーキなど)が豊かな先進国(日本)には発展途上国と違い、新生児の血糖値を下げる「高インスリン血症児」が多い。また医学が進歩した先進国では分娩中・帝王切開の術前・術中に糖分の入った点滴をし、胎児を高インスリン血症にしている事実がある。
高インスリン血症児を出生直後に厚労省が推進する完全母乳・カンガルーケア(早期母子接触)で管理すると新生児は確実に低血糖症に陥る。しかし、「授乳と離乳の支援ガイド」には低血糖症を防ぐための予防策は何もない。日本のお産の現場では新生児の低血糖症に対して全く無警戒である。低血糖症の赤ちゃんは重症黄疸と違って症状が表に出ないために多くの低血糖症の赤ちゃんが見逃されている。日本母乳の会はHPに正常成熟新生児は低血糖症にならないと掲載しているが、それはあまりにも勉強不足である。日本のほとんどの助産師は日本母乳の会の「低血糖症にならない」の間違った言葉を信じ、低血糖症を防ぐための栄養管理を怠っている。日本の周産期医療は世界のトップどころか、現実は二流以下である。

B 熱帯の低開発国は温暖であるが、空調設備が整った日本の分娩室(平均25℃)は大人に快適、出生直後の赤ちゃんには寒過ぎる事実。
出生直後のカンガルーケア導入によって日本の伝統的な「産湯」は廃止された。産湯は赤ちゃんを低体温症から守るための知恵であったが、出生直後の赤ちゃんを寒い分娩室(約25度=38度の母親の胎内から生れたばかりの新生児には非常に寒い温度である)でカンガルーケアをすると児は低体温症に陥る。出生直後のカンガルーケア中に手足が冷たくなり、チアノーゼが出るのは寒い分娩室で児の体温管理(低体温の予防)を怠ったためである。学会は、早期新生児は呼吸循環動態が不安定と決め付けているが、低体温症が呼吸循環機能を不安定にし、チアノーゼ(低酸素血症)を誘発しているのである。福岡市ではカンガルーケア導入後から発達障害(自閉症)が驚異的に増えているが、低体温症が低血糖症を重症化したためと推察できる。

3. 生後数日間の飢餓(低栄養+脱水)が人間の中枢神経系(脳)に及ぼす影響
  <人間>
  生後数日間の低栄養は体重減少が著しいだけでなく、発達障害の危険因子である低血糖・重症黄疸・高Na血症性脱水を引き起こす。つまり、重症黄疸の多い分娩施設に発達障害児は多く発生すると予測される。
  <動物実験>
  Winick(1969年)・Lew.s P.D(1990年)らによる動物実験結果(板橋家頭夫、超低出生体重児の栄養と発達予後Neonatal Care Vol,13No,1 2000より引用)
@ 出生後、早期に低栄養にさらされると脳への影響は大きく、栄養学的リハビリテーションによっても回復する可能性が低い。
A 低栄養は神経細胞間のネットワーク形成を阻害する。
B グリア細胞は低栄養に敏感に反応し、髄鞘化の遅延・脳重量の減少がみられるが、これは中枢神経系の機能に影響を与える可能性がある
C このグリア細胞の異常が自閉症に特徴的な「繰り返し運動」を引き起こす。(東京医科歯科大学(田中光一教授)

4. 厚労省は日本母乳の会が認定する「赤ちゃんに優しい病院BFH」の後援活動を中止すること。
@ 完全母乳の問題点
  発達障害(自閉症)の増加に歯止めを掛けるためには、厚労省は行き過ぎた完全母乳によって赤ちゃんが飢餓状態に陥る危険性に注意を呼びかけ、日本母乳の会が認定する「赤ちゃんに優しい病院BFH」の後援活動を直ちに中止すべきである。日本でWH0の第6条を忠実に実践するBFHは、本当は赤ちゃんに優しくない危険な病院である。事実、カンガルーケア(早期母子接触)中の心肺停止事故はBFHに圧倒的に多いことが全国の被害者家族からのメールで分かっている。私は母乳育児に反対しているのではなく、母乳が出ないときの生後数日間の完全母乳は赤ちゃんを飢餓に陥らせる危険性があると過去に何度も警鐘を鳴らしていたのである。
A 出生直後のカンガルーケア(早期母子接触)の問題点
  厚労省は赤ちゃんを乳幼児突然死症候群(SIDS)から守るために「うつ伏せ寝を止めましょう」と注意を促しているにもかかわらず、一方では、出生直後の赤ちゃんを母親のお腹の上で「うつ伏せ寝」にして早期母子接触をするBFHを後援している。厚労省はうつ伏せ寝は窒息の危険性があることを知りながら、なぜカンガルーケアを推進するのか、カンガルーケア中の心肺停止事故の責任は母親ではなく、危険を知ってカンガルーケアを推進した医学会と厚労省と云うべきである。
以上の理由から、厚労省は出生直後のカンガルーケアと完全母乳を積極的に実践する「赤ちゃんに優しい病院」の後援を直ちに中止すべきである。

5. 結論
  発展途上国と違って、日本には人工乳を溶かす清潔な水・粉ミルクが豊富にある。
寒い分娩室で臍帯が切断された赤ちゃんの血糖値は生後1〜2時間で最低となる。
出生直後の体温調節(熱産生)に最もエネルギー(糖分)が必要な時期に、糖水・人工ミルクを飲ませないのは中枢神経系の発育に不利益である。温暖な低開発国と違って、日本人の場合、母乳分泌が悪い生後3日間は飢餓を防ぐために人工乳を積極的に飲ませるのが本来の医学的管理である。赤ちゃんを飢餓状態に陥れる完全母乳の病院(BFH)のケアが、本当に赤ちゃんに優しいといえるのか、厚労省はBFHのケアが安全かどうかを科学的に検証すべきである。

WHO/ユニセフの第6条「医学的根拠なしに、水・糖水・人工乳を飲ませてはいけない」は発展途上国のこどもたちを感染症から守るためのメッセージであった。当院が開業当初の32年以上も前から糖水・人工乳を積極的に飲ませる理由は、発達障害の危険因子である低血糖・重症黄疸・高Na血症性脱水から赤ちゃんを守るという医学的根拠に基づいて人工ミルクは必要と判断したからである。事実、当院では、治療(光線療法)を必要とする重症黄疸は全国平均の100分の一である。新生児黄疸は出て当たり前の様に考えられているが、科学的根拠に基いた当院の体温管理(低体温予防)と飢餓を防ぐ栄養管理によって皮膚が黄色になり小脳の発育を悪くする重症黄疸は姿を消したのである。

6. 発達障害(自閉症)を防ぐために厚労省・医学会に望むこと
@ 自閉症に関するこれまでの研究
  ・2000年4月 福岡市立こども病院小児神経科医師グループは福岡市の発達障害児の実態調査を行い、その成績を日本小児神経学会で発表していた。そのマトメには、発達障害児の発生頻度に 分娩施設間で差がある事がわかった。幼児期以降の発達予後の情報を産科と共有しさらに詳細な検討が必要であると考えられた。権藤医師らは発達障害児の原因は周産期側(新生児管理)に問題があると指摘していたのである。にもかかわらず周産期側からの調査研究はその後 ストップしたままである。
・2015年3月12日 障害児者問題調査会(自由民主党本部)において、発達障害について有識者ヒアリング(第一回)が行われた。講演したのは私(久保田)と山崎晃資医師(日本自閉症協会長)の二人であった。久保田は、WHO/Unicefの 「母乳育児を成功させるための10か条」は、日本の赤ちゃんには 非常に危険であることを中心に、「出産直後の医療機関の対応と発達障害の関係」について述べた。その要約が「自閉症スペクトラムの発症メカニズム(仮説)」である。山崎晃資先生は自閉性障害の原因として、一番目に「周生期障害」をあげられた。さらに自閉症の遺伝学的研究と題して、最近では「遺伝的要因より、環境的要因が重視されている」と貴重な意見が述べられた。

A 自閉症の原因解明は周産期側からの調査研究が最重要!
  発達障害(自閉症)の原因解明には周産期側からの研究が必要であることを専門医である福岡市の小児神経科医師グループが学会に発表していた。また日本自閉症協会長の山崎晃資先生は自閉症は遺伝よりも周生期障害が最も有力な原因であることを示唆された。厚労省は日本の未来を背負うこどもたちのために一刻も早く周産期側からの調査研究を取り組むべきである。機を逸すれば現在の「赤ちゃんの危機」は日本の将来に重大な禍根を残す事になるからである。私は、出生直後のカンガルーケア中の心肺停止事故が繰り返されている限り、発達障害(自閉症)の増加に歯止めが掛からないと考える。いずれも低体温と低血糖がそれらの引き金になっているからである。母乳が出ない生後3日間の完全母乳と出生直後のカンガルーケアをやめるだけで発達障害児の発生を防ぐことができるのである。
以上述べた事は、3月12日の障害児者問題調査会(自由民主党本部)において講演した。
  平成27年3月23日
久保田史郎