第10章 冷え性と熱中症(うつ熱)は背中合わせ
■熱中症の死亡事故は夏より寒い冬に多い
冷え性より怖いのが新生児の熱中症(うつ熱)です。冷え性(末梢血管収縮=アドレナリンON)は秋から冬に向けて、熱中症(末梢血管拡張=アドレナリンOFF)は暑い夏に起こると思われ勝ちですが、実は、熱中症の死亡事故は夏より冬に多い事が分っています。厚労省は乳幼児突然死症候群(SIDS)を原因不明の病気と定義していますが、私は、SIDSの本当の原因は衣服や布団の着せ過ぎ(放熱障害)・温め過ぎなどによるうつ熱(衣服内熱中症)が原因と考えています。寒くなると風邪を引かせてはいけないと思って大人が赤ちゃんに帽子・靴下・毛布などを着せ過ぎ、床暖房・ホットカーペットの上にフトンを敷き赤ちゃんを寝かせるからです。厚労省はSIDS予防月間を11月に設定していますが、寒くなるとSIDSが増える事を知っているからです。
■着せ過ぎ(放熱障害⇒衣服内熱中症)でSIDSに!
日本では、乳幼児突然死症候群(SIDS)は原因不明の病気と考えられていますが、私は『SIDSは着せ過ぎによるうつ熱(熱中症)が原因』の仮説を1999年に日本産科婦人科学会(福岡地方部会)で発表し、その後、日本SIDS学会や日本新生児学会など関連の学会で何度も発表してきました。アメリカでは2006年頃からSIDSリスクに「着せ過ぎに注意」・「温め過ぎに注意」を再三警告しています。しかし、厚労省・日本SIDS学会・日本産婦人科医会などは私の仮説(SIDSのメカニズム)を無視します。日本では1985年頃からうつ伏せ寝が流行って突然死が増えましたが、うつ伏せ寝は危険という事が分り、仰向け寝運動が始まりSIDSは減少したと報告されています。しかし、東京都の保育園などでは、今現在もSIDSで赤ちゃんが亡くなっているのです。理由は、厚労省がSIDS予防に一番危険な “着せ過ぎに注意”の警告を発していないからと私は考えています。「着せ過ぎ」・「暖め過ぎ」は、厚労省のSIDSの3大危険因子(うつぶせ寝・人工乳・煙草)より、はるかに危険なのです。その証拠に、赤ちゃんに毛布や衣服などを着せ過ぎただけでも、赤ちゃんの呼吸は止まり心肺停止を引き起こすからです。赤ちゃんに布団や衣服を着せ過ぎると衣服内の温度が上昇し、児はうつ熱状態(衣服内熱中症)に陥るからです(図39)。赤ちゃんが布団や衣服の中でうつ熱(衣服内熱中症)にさえなっていなければ、人工乳を飲ませても、赤ちゃんの側でタバコを吸っても、SIDSで命を落とす事は絶対に無いと考えています。赤ちゃんに帽子・靴下・布団などを着せ過ぎると、赤ちゃんはうつ熱状態(衣服内熱中症)に陥り、赤ちゃんは汗をかき、その汗で衣服内の湿度を上げ、さらに赤ちゃんは体温上昇を防ぐために筋肉を弛緩させ呼吸運動を抑制します。この時、大人が睡眠中の赤ちゃんのうつ熱(衣服内熱中症)に気がつかなければ、赤ちゃんは確実に死亡します。例えば、パチンコ中に窓を閉めきった車の中に乳幼児を放置したと仮定します。すると車内の温度が次第に上昇し、子どもが熱中症で亡くなる事故とSIDSは同じなのです。布団・毛布などを着せ過ぎると車の中と同様に、衣服内の温度は人間の体温(37℃)より上昇します。車内の温度が人間の体温より上昇し、自分の力で車から逃げ出す事が出来ない赤ちゃんは容易にうつ熱(車内熱中症)に陥ります。車内に閉じ込められ、こどもが熱中症で命を落とす事故が多い様に、大人は赤ちゃんを布団の中でうつ熱(衣服内熱中症)にしていることに、まだ気付いていないと思われます。
私はこれまでの新生児体温の研究から、SIDSはうつ熱(衣服内熱中症)が原因と考え論文(文献4)を発表し、厚労省にも報告しています。しかし、厚労省はSIDSリスクの中で一番危険な「着せ過ぎに注意」を、何故か危険因子として公表しません。私はカンガルーケア裁判に携わり、実際に原告(患者)側からの意見書を書きました。また被告病院側から提出された産科医療補償制度の事故報告書や意見書も全て見てきました。厚労省が「着せ過ぎに注意」をSIDSの危険因子として公表したくない理由が分ってきました。うつ熱(衣服内熱中症)がSIDSの原因になると、SIDSは原因不明の病気ではなくなるからです。SIDSの定義(原因不明の病気)がなくなって都合が悪くなるのは、厚労省・医療機関・保険会社です。医療機関が裁判で負けると一番困るのが損害賠償金を支払う保険会社なのです。
■うつ熱(衣服内熱中症)が危険な理由
私は、新生児体温の研究を始めた1979年頃には保育器の温度を上げ過ぎると、赤ちゃんをうつ熱(末梢血管拡張)にする危険性があることを学会誌に報告していました(文献19)。図35は重症黄疸の治療のため保育器内に収容した児のモニターです。生後9日目の赤ちゃんを温かい保育器の中に入れると中枢と末梢深部体温が37℃に収束し、末梢深部体温に体温変動はなく、末梢血管が開きっぱなしの状態が持続しています。赤ちゃんの体を刺激しても眠りから覚醒せず、筋緊張が低下した状態で眠っていました(図5・図12)。しかし、保育器の温度を下げると筋緊張が出てきて眠りから覚め、心肺機能が活気づいて元気に泣き出したのです。私はこの事から、保育器の温度を上げ過ぎると、赤ちゃんは眠りから覚めない、筋緊張が低下する、呼吸運動が低下する、心拍数がサイレント(アドレナリンOFF)になる事を学んでいました。この論文を書いた1979年頃は、SIDSという病気がある事など、私は何も知りませんでした。国内でSIDSが増え出したのは、日本にうつ伏せ寝が普及し始めた1985年以降だった頃の様に覚えています。
うつ熱がSIDSの原因ではないかと思いついたのは、1998年に沐浴中に赤ちゃんの呼吸が止まった事例に遭遇したからです。「沐浴中の赤ちゃんの呼吸が止まった」という事例に遭遇したわたしは、呼吸が止まったのは温かいお湯(高温環境)によるうつ熱(産熱抑制機構⇒筋弛緩)が原因ではないかと考え、その沐浴中の事故を契機にSIDSの研究を始めました。SIDSの研究については、次章で詳しく述べますが、SIDSの一番の問題は、厚労省が「SIDSは原因不明の病気」と定義していることです。SIDSの定義が見直されない限り、保育園などでの乳幼児の死亡事故(SIDS)は繰り返されるでしょう。
■厚労省が「着せ過ぎに注意」を無視する理由
原因不明の病気(SIDS)は、国(厚労省)にとって都合の悪い事故(突然死)の責任逃れに使う切り札として、また裁判で無罪を勝ち取るために絶対に必要な病名なのです。その代表的な例がカンガルーケア中に起きた心肺停止事故の裁判です。裁判官は、カンガルーケア中の心肺停止は原因不明の病気(SIDS)であるならば、被告病院側に責任は無いと判断され被告病院側が無罪になったと思っています。仮に、そうだとすると、被告病院側の勝訴は原因不明の病気(SIDS)のお蔭なのです。SIDSのメカニズムを学会に何度も発表した私(久保田)は、厚労省・学会・事故を起こした医療機関にとって、非常に迷惑な医師だったに違いありません。
医療機関で、赤ちゃんに “突然死”が発生した時、医療側は責任逃れのためにSIDSの診断名を免罪符として使用しているのです。例えば、子供にワクチンを打ったところ、死亡しました。死亡した原因が分かりませんのでSIDSと思われます。医師に、死亡原因は不明と診断されたら、患者家族は泣き寝入りするしかありません。最近では、カンガルーケア中に心肺停止事故を起こし、こどもさんを脳性麻痺にした事例など、国や病院側にとって都合の悪い心肺停止(突然死)をSIDSにしておけば、患者家族は心肺停止が原因不明のSIDSならば,訴訟を諦めるしかないと考えられます。例え、裁判になっても、産科医療補償制度と病院側の診断書が「原因不明のSIDSと考えられる」と診断されていれば、裁判官は、SIDSならば被告病院側に責任はないと判断され、被告病院は無罪となるのです。つまり、SIDSとは、裁判になった時に被告病院を有利にするための診断名と私は考えています。
私は、カンガルーケア中に心肺停止事故を起こした患者さんのカルテ(10件)を見ましたが、どの主治医のカルテにも「SIDSの疑い」の言葉が書いてあります。さらに脳性まひの原因を調べる産科医療補償制度の事故調査委員会は全ての報告書に、どれも判を押したかのように「心肺停止の原因は特定できない。故に、SIDSが最も考えられる」と事故調査委員会は事実と異なる虚偽の報告書を提出していたのです。出生直後の寒冷刺激(低温環境)が引き金となって起こした事故を、高温環境(着せ過ぎ)で発生するSIDSで誤魔化していたのです。冷え性と熱中症の病態は全く異なり、まさに背中合わせの関係にあるのです(図12)。冷え性は分娩直後の低温環境が原因で、熱中症は着せ過ぎた時の衣服内の高温環境が原因で起きています。突然死の原因が低温環境によるものか、高温環境が原因かの判断は、病院側の治療内容、つまり、赤ちゃんを温めているか、冷やしているかを見れば、一目瞭然です。
■冷え性と熱中症(うつ熱)の違い
冷え性と熱中症の病態は正反対です。故に、治療法も正反対です。両者を比較すると、冷え性と熱中症の病態の違いが良くわかります(図12)。冷え性は末梢血管の持続的な収縮で、手足が冷たいのが特徴です。熱中症は末梢血管の持続的な拡張で、手足が温かく汗をかいているのが特徴です。新生児の場合、冷え性は寒い分娩室に生まれ出生直後に体温管理(保温)を怠った時に起こります。熱中症は、睡眠中の赤ちゃんに衣服を着せ過ぎたり、車の中に放置したり、床暖房やストーブなどで温め過ぎた時に発生します。例えば、カンガルーケア中に心肺停止事故に遭った赤ちゃんは、体が紫色(チアノーゼ)で、手足が冷たく、いわゆる冷え性の状態です(図25)。治療は保育器に入れ温めなければなりません。一方、熱中症(SIDS)の赤ちゃんは、顔色はピンク色で、手足が温かく、汗をかいます。対処法は服を脱がせクーリング(冷却)しなければなりません。治療法を見れば、カンガルーケア中に起きた心肺停止の原因が、何であったかが一目で分かります。カンガルーケア裁判のすべての事例で、病院側は手足が冷たくなっていた赤ちゃんを温かい保育器に入れ治療をしていました。カンガルーケア中の心肺停止事故が、本当にSIDSが原因であったならば、病院側は温かい保育器に入れるべきでなかったのです。つまり、カンガルーケア中に起きた心肺停止は、本物のSIDSではなかった証しです。
私は、乳幼児突然死症候群(SIDS)は原因不明の病気ではなく、本当は衣服内熱中症の病態と考えています。SIDSで亡くなった赤ちゃんの顔色はピンクで、汗をかいて亡くなっているからです。厚労省のSIDS研究班・産科医療補償制度の事故調査委員会は久保田の仮説(SIDS Mechanism)を認めようとしませんが、米国では「SIDSは着せ過ぎ・温め過ぎに注意!」がヤフー アメリカで私の仮説(SIDS Mechanism)がトップに紹介されています。カンガルーケア中の心肺停止事故はチアノーゼが出て、手足が冷たいのが特徴であることから、着せ過ぎ・温め過ぎによるSIDS(衣服内熱中症)とは根本的に病態が異なります。産科医療補償制度の事故調査委員会は冷え性と熱中症の違いを分かっていないか、分っていて虚偽の報告書を提出したとしか考えられません。冷え性と熱中症の違いは、医師なら誰にだって違いがわかります。カンガルーケア中の心肺停止事故を事故報告書に原因不明のSIDS(ALTE) と診断したのは産科医療補償制度にとって大きな失態です。ところで、医者が診断するSIDSには、本物のSIDSと偽物のSIDSが有ります。その事例を紹介します。
■偽物のSIDSとは
その1.
偽物のSIDSとは、カンガルーケア中の心肺停止事故のことです。私が知っている全ての症例(10例)で、手足が冷たく、顔色は紫色(チアノーゼ)になっています。本物のSIDSは体が温かく顔色はピンクで汗をかいていなければなりません。SIDSが本物か偽物かの判断は簡単です。本物のSIDSは高温環境(着せ過ぎ)が原因で、治療は服を脱がせ体を冷やします。カンガルーケア中の心肺停止事故は低温環境(冷え性)が原因で、治療は保育器に入れ体を温めなければなりません。カンガルーケア裁判の事例は、すべてが温かい保育器に入れ治療が行われていました。本物のSIDSならば衣服を脱がせクーリングすべきで、保育器にいれてはいけないのです。つまり、カンガルーケア中の心肺停止事故は保育器に入れ保温をしていたことから、本物のSIDSではありません。カンガルーケア中の心肺停止事故は本物のSIDS(衣服内熱中症)ではなく、低温環境(寒い分娩室⇒冷え性)によって引き起こされた偽物のSIDSなのです。
その2.ワクチン同時接種:2カ月の乳児死亡 再開後初報告(熊本)
熊本市は13日、市内の医療機関でヒブワクチンと小児用肺炎球菌ワクチンを今月3日に同時接種した生後2カ月の男児が、翌4日に死亡したと発表した。市によると、4月の接種再開後の死亡報告は全国で初めて。接種と死亡との因果関係は現時点では不明という。市によると、男児に基礎疾患はなかった。解剖の結果、死因は乳幼児突然死症候群の疑いが強いという。』以上、新聞記事を引用。この事例も、原因不明と診断され、SIDSで誤魔化されています。
厚労省にとって都合の悪い突然死は、原因不明のSIDSと診断されます。国民は医者の言うSIDS(原因不明の病気)の言葉に騙されてはいけません。厚労省がSIDSを原因不明の病気と定義している限り、日本の医療は良くなりません。SIDSは医療事故を闇に葬るために準備された偽りの診断名と言わざるを得ません。カンガルーケア中に事故に遭われたご家族の方は、SIDSの診断名に騙され、泣き寝入りされているのです。産科医療補償制度の目的は、脳性まひの原因解明、再発防止、医療の質の向上であった筈です。カンガルーケア中の心肺停止事故(脳性麻痺)に関して云えば、本制度は患者家族を誤魔化し、被告病院に都合の良い制度になっています。2012年10月17日発行の日本周産期・新生児学会の「早期母子接触」実施の留意点には、『早期母子接触は医療ではなく、ケアである』と記載されていますが、とんでもない間違いです。出生直後の体温管理(保温)を怠り、新生児を低体温症・冷え性に陥らせる行為(早期母子接触)は医療放棄と考えるべきです。つまり、早期母子接触中の心肺停止事故(脳性麻痺)は、医療ミス(医原性疾患)なのです。
■本物のSIDSとは
2月の寒い夜、A病院から退院したその日、母親は赤ちゃんの風邪を心配しホットカーペットの上にフトンを敷き寝かせていました。深夜、泣かない赤ちゃんを心配し布団をとると、体は温かく、仰向け寝で、汗をかいて呼吸が止まっていました。ホットカーペットの上に寝かせてはいけない事例です。保育園では、床暖房の設備が多いと聞きます。床暖房の上で、帽子・靴下をしたまま寝かせたら熱中症(SIDS)は何時起こっても不思議ではありません。
<父親が偶然に録り続けたSIDSの動画>
SIDSで子どもを亡くされた父親から私のもとに一本のビデオ(動画)が送られてきました。7月の暑い日、某医院で2400gの赤ちゃんが出生しました。出生当日、助産師は赤ちゃんが低出生体重児であったため保温のためにと、冬用の布団を赤ちゃんの上に2枚着せて新生児室で管理していました。父親は買ったばかりのビデオで新生児室の赤ちゃんの様子をガラス越しに連続的に録っていました。赤ちゃんが静かで泣かない為に父親はナースに、赤ちゃんは大丈夫かと訊ねると、ナースは「赤ちゃんの顔色を見ただけでピンク色だから大丈夫ですよ」、と言って部屋を出ました。それから約1時間後、赤ちゃんは全く動かず泣かないため、父親は再びナースを呼び、父親は布団をとって見て下さいと、看護師に強く言いました。布団をとると、赤ちゃんの呼吸は既にとまっていたのです。そのビデオには、赤ちゃんの呼吸が次第に遅くなり、“喘ぎ呼吸” に変わり、最後のところでは呼吸が止まっていく様子が鮮明に録画されていました。着せ過ぎると、体位と関係なく仰向け寝でもSIDSは起こるのです。私は、新生児がSIDSで呼吸が止まっていく様子を動画で見た世界で最初の医師かも知れません。SIDSは、私の予測通りに着せ過ぎ(衣服内熱中症)が原因と確信しています。
<扇風機のある部屋で寝かせた子どもは、SIDSになるリスクが低い>
米国の医学論文です。扇風機のある部屋で寝かせた子どもは、扇風機がない場合に比べて、SIDSになるリスクが72%低かったと報告があります。調査では仮説として、『風を通すことで乳幼児の鼻や口に二酸化炭素がとどまらず、吐く息を吸い込む可能性が減るからではないかとしている』。しかし、私(久保田)は、扇風機によってSIDSが減った理由は、扇風機によって気化作用を増すことによって熱中症(うつ熱)を防いだためと考えました。
■高齢者の入浴中の溺死は、SIDSと同じメカニズムで発症(新仮説)
熱中症(うつ熱)による死亡事故は、乳幼児の突然死だけに限ったことではありません。環境温度が人間の体温より高くなった時、突然死は乳幼児だけでなく呼吸筋が衰えた高齢者にも襲ってきます。例えば、冷房設備・扇風機が無い、しかも体温より高い異常気象(猛暑)に見舞われた時に発生する屋内熱中症、寒い冬に多い入浴中の溺死、これらの死亡事故もSIDSのメカニズムと同様に放熱促進(末梢血管拡張=アドレナリンOFF)と産熱抑制機構(睡眠+筋弛緩)が事故を誘発していると考えています。
寒い冬に増える高齢者の入浴中の溺死は、SIDSと同じ高温環境時の体温調節機構(放熱促進+産熱抑制)の仕業と考えています。これまでの報告では、お風呂の温度と脱衣所の温度差が心臓に負担をかけると指摘されていました。この温度差が問題となり、今では脱衣所を温める工事がなされています。入浴中の溺死は、日本では1年間で20,000人前後と報告されています。しかし、高齢者の入浴中の溺死事故は殆んどニュースで取り上げられる事はありません。高齢者に多く、季節的には10月から増え始め、1月をピークに8月に向けて次第に減少しています。この季節的変動はSIDSの発生時期と殆んど同じパターンを示しています。事故は、お風呂のお湯の温度が人間の体温よりやや高く、入浴時間が長いほど増えています。事故原因を調べる上で、事故が入浴中の湯船の中で起こったのか、洗い場・脱衣所で起こったのかについての詳しい情報はありません。1998年に「沐浴中の赤ちゃんの呼吸が止まった」という事例に遭遇していた私は、高齢者の入浴中の溺死も高温環境(温かいお湯)が原因ではないかと疑っていましたが、その予測も当たっていたようです。日本法医学会が発表した浴槽内死亡事例の調査報告書(平成24年12月〜平成25年3月)には、調査対象者1441人のうち99%が浴槽内で死亡が発見されたと報告があるからです(文献20)。いままでお風呂のお湯の温度と脱衣所の温度差ばかりに関心が寄せられていましたが、実際は、ほとんどの方は浴槽内で溺死されていたのです。死亡原因は浴槽内と浴槽外との温度差ではなく、人間(37℃)が体温より高いお湯の中で長風呂したのが事故(溺死)を引き起こしていたのです。
■入浴中に溺死で見つかったAさん
『睡眠不足のAさん(72歳)が寒い日にお風呂に入っていました。外を見ると雪が深々と降っていたため、風邪を引いてはいけないと思って、Aさんはいつもよりやや高めのお湯に入りました。疲れていたAさんは、つい長風呂になり、30分以上も湯船に気持ち良く浸かっていました。Aさんは、いつの間にか湯船の中で気持ちよく眠ってしまったのです。お風呂から上がってこないAさんを心配した家族が風呂をのぞくとAさんは湯船の中で溺死でした。』 よくある話です。Aさんは、何故溺れて亡くなったのでしょうか。
■溺死の原因
@ Aさんは恒温動物であった(恒温動物とは、人間が暑い環境温度に遭遇しても、常に体温を37℃に保とうとする体温調節能を持った動物のこと)、つまり、高温環境では産熱抑制機構(睡眠+筋弛緩)と放熱促進機構(末梢血管拡張=アドレナリンOFF)が働くからです。
A お湯の温度が、人間の体温(37℃)よりも高かった事、
B 体温を37℃に保つ為に、自律神経が末梢血管を強制的に拡張(アドレナリンOFF)し続けた事、
C 長風呂で、副交感神経優位(末梢血管拡張=アドレナリンOFF)の状態が続いて、Aさんはお風呂の中で睡魔に襲われ、眠ってしまった事
D 体温を37℃に維持するために筋弛緩作用が発生
・筋弛緩作用で呼吸運動が抑制され低酸素血症に陥り易くなっていた、
・筋弛緩作用の為に全身(下肢)に力が入らず溺れやすい状態に陥っていた、
・溺れても姿勢を元に戻すことが出来なかった
E 大声を上げ危険信号を発せられなかった
F 入浴中に意識が無くなろうとした時、自律神経は事故(溺死=低酸素血症)を防ぐより、体温調節(放熱促進+産熱抑制)を優先して働いた
G 高温環境(暑い風呂)で、長風呂で寝てしまったAさんは眠りから覚めず、次第に筋弛緩作用が強くなり、水中に頭を沈め溺れた
以上の8項目が溺死を引き起こす要因です。溺死は高温環境(暑いお湯での長風呂)が原因である事は間違いありません。その証拠に、お湯の温度が人間の体温より低かったならば、上記のB〜Gは熱中症(アドレナリンOFF)と反対側の冷え性(末梢血管収縮=アドレナリンON)の体温調節機構(放熱抑制+産熱亢進)を作動するからです。
体温より低いお湯の中では、先ず長風呂はしません。寒いため睡魔も襲ってきません。溺れそうになっても、筋緊張が保たれているために自力で立ち上がる事が出来ます。睡眠中(高齢者)の部屋の温度、睡眠中(乳幼児)のお布団、衣服の中の温度、沐浴中(新生児)のお湯の温度、高齢者が入るお湯の温度が人間の体温より高くなった時に熱中症(突然死)が発生するのです。恒温動物は寒さより、暑さに弱いのです。それは乳幼児も、高齢者も同じことです。寒い時には熱産生を高めるために筋緊張度が高まり、暑い時は熱産生を抑えるために筋弛緩作用が働くからです。熱中症(うつ熱)が危険な理由は、睡眠中に筋弛緩作用が働くからです。うつ伏せ寝にSIDSが多いのは、筋弛緩作用が気道閉鎖(窒息)を引き起こすからです。
■SIDSの研究を始めるきっかけとなった赤ちゃんとの遭遇
平成10年12月27日、福岡はめずらしく寒い夜でした。午後9時頃、電話が鳴り、私が受話器を取ると電話の向こうではただならぬ気配です。産後3週間目のお母さんからの『先生、赤ちゃんの呼吸が止まった』と、悲痛な叫び声でした。「どうしたのですか?」という私の問いに、『赤ちゃんをお風呂に入れていました。』と興奮して泣くだけで、その後は会話が出来ません。「一番早い方法で、赤ちゃんを私の医院まですぐ連れてきてください。」と言って、電話を切り、当直のナースと呼吸蘇生器を準備し玄関で待っていました。ところが、車から降りた母親に抱っこされた赤ちゃんは元気よく泣いていたのです。何が起きたのかを詳しく聞いてみると、寒かったので、風邪を引かせたらいけないと思い、いつもより熱く42℃のお湯で沐浴していたところ、間もなく「赤ちゃんの呼吸が止まった」という事でした。ところが当院に連れてくる途中、おそらく冷たい外気に触れ赤ちゃんは突然に泣き出したのでした。
このことは、外気の寒冷刺激が赤ちゃんの呼吸に促進的に働いたことを示す証拠となる出来事であったのです。しかし、それよりも沐浴中の高温が赤ちゃんの呼吸停止を引き起こした事例に、より関心を持ちました。この沐浴中の出来事が、私がSIDSの原因について、新仮説を生みだす発端となったのです。
以上、−安産と予防医学―THE OSAN(2000年) より抜粋
|