第11章 乳幼児突然死症候群はうつ熱(衣服内熱中症)が原因

恒温動物である人間は、命ある限り「熱」を産生し続けます。しかし、何らかの理由で熱産生が減少し続けると、死に至ります。例えば、睡眠中の乳幼児に毛布・帽子・靴下などを着せ過ぎると放熱が妨げられ衣服内温度が上昇し、児の高体温化(うつ熱)が進みます。自律神経は体温上昇を防ぐために放熱を促進しますが、衣服内環境は放熱と発汗によって高温・多湿になり、また無風のため、児は容易にうつ熱状態に陥ります(図12)。うつ熱に陥った乳幼児は副交感神経が優位となり、末梢血管は拡張したままで、児は眠りから覚めません。着せ過ぎによって放熱機能(気化作用)が奪われた乳幼児は体温上昇を防ぐために産熱抑制機構が働き、筋弛緩作用を強め、呼吸運動を限りなく減少し続けます。うつ熱に陥った乳幼児が重度の低酸素血症に陥っても、寒冷刺激が加わらない限り、弱くなった呼吸運動は回復しません。何故ならば、呼吸運動そのものに体温上昇作用があるからです。この様に、人間が不快(暑い・寒い)な環境温度に遭遇した時、自律神経は呼吸循環の制御より、体温調節を優先して働きます。睡眠中に毛布・衣服の着せ過ぎなどによってうつ熱に陥った乳幼児は、自律神経の働きで放熱促進(発汗)と産熱抑制機構(筋弛緩+呼吸運動抑制)を強いられますが、放熱機能(気化作用)が奪われた赤ちゃんは産熱抑制機構だけで体温の上昇を防ごうとします。着せ過ぎなどで衣服内温度が上昇すると、児は熱産生を防ぐために筋弛緩作用を増強し、呼吸運動は次第に抑制され低酸素血症に陥ります。これまでSIDSの原因が分からなかった理由は、大人が何も見えない布団の中で、高体温(うつ熱)を防ぐための放熱促進(発汗)と産熱抑制機構(筋弛緩+呼吸運動抑制)が二次的に引き起こした事故だからです。SIDSが1歳未満の乳幼児に発生するのは暑い布団の中から逃げ出す事が出来ず、また帽子・靴下などを自分の力で脱げないからです。SIDSがうつ伏せ寝に多いのは産熱抑制を目的とした筋弛緩作用によって気道閉鎖の危険性が高まるからです。SIDSが寒い冬に多く発生するのは、大人が風邪を心配し着せ過ぎるからです。

本章の『乳幼児突然死症候群はうつ熱(衣服内熱中症)が原因』の研究は、福岡県産科婦人科学会(1999年)、日本SIDS学会(2002年)、日本新生児学会(2003年)などで発表し、第9回日本小児麻酔学会(2003年)、日本臨床体温研究会(2004年)などで特別講演したものに、その後の新しい知見を加え、体温調節の面からSIDSの原因と予防法をまとめたものです。以上の理由から、この章は論文調になっています。以下に述べる内容は、朝日メディカル7月号(2001年)に「乳幼児突然死症候群(SIDS)の新仮説と発生機序―赤ちゃんの着せすぎに注意―」、日本臨床体温研究会発行の臨床体温 23巻1号(2005年)、2005年メディカルサイエンス・インターナショナル社発行の「体温のバイオロジー」(LISA増刊)などに論文として発表したものに、その後、考察などを一部改編し、また『人工ミルクはSIDSの危険因子ではない』を新たに追加したものです。

1. 序論
アメリカでは、SIDSは乳幼児死亡の第1位です。医学の進歩にも関わらず、SIDSの原因と予防法はまだ何も分かっていません。予防法で分っている事は、世界では仰向け寝運動でSIDSの発症率が減少した、米国では扇風機のある部屋で寝かせた子どもは、扇風機がない場合に比べてSIDSリスクが72%も低かった、日本では母乳栄養児に少ない、という報告が良く知られています。ところが、米国立小児保健・ヒト発育研究所(NICHD)の報告によれば、SIDSで死亡する乳児の数は寒冷期に増加する。多くの親は乳児の身体を保温するため就寝時に厚着をさせる傾向がある。余分な寝具や厚着はSIDSリスクを増大させる可能性があると警告しています。しかし、着せ過ぎにすると何故SIDSが増えるのか、なぜ寒冷期に多いのか、その理由はまだ分かっていません。SIDSの病態を探る上で見逃せない点は、死亡後にもかかわらず体が温かい、発汗が強いなど、通常では考えられない疫学調査が報告されている事です。これらの調査の中にSIDSの原因と結果が潜んでいると仮定すれば、全てに共通した環境温度と高体温(うつ熱)こそがSIDSと最も深い関わりがあると考えられます。日本では、病理学者・法医学者・小児科医らを中心に、SIDSの原因を見つけるための研究が進められています。しかし、環境温度に焦点を当てた体温に詳しい研究者らによる調査研究は見当たりません。SIDSの原因が見つからない理由は、SIDSは病気ではなく、不快(暑い)な環境温度に対する自律神経のもつ体温調節機構(放熱促進+産熱抑制)がSIDSの本態だからです。現代医学は、人間が不快(暑い・寒い)な環境温度に遭遇した時、自律神経は呼吸循環の制御を無視し、体温調節を優先して働くという特性を持っている事を見落としていると思われます。

2. 研究の目的と方法
日本ではSIDSは原因不明の病気と定義されていますが、病気の本態は不明です。これまでの疫学調査では、SIDSはうつ伏せ寝、着せ過ぎ、夏より冬に多い、体が温かい、発汗が強い、など、環境温度と体温に関連した報告が目立ちます。これらの疫学調査の中にSIDSの原因と結果が潜んでいると考えました。
当院で出生した正常成熟新生児を対象に、電子深部体温計(テルモ社 PD-3)を用い、児の中枢(前胸部:C-DBT)と末梢(足底部:P-DBT)深部体温を同時に、30秒毎に測定しました。その他、心拍数、呼吸数、経皮的酸素分圧(TCPO2)、および児の行動(睡眠/覚醒/啼泣)の観察を行いました。とくに、高温環境・着せ過ぎ・うつ伏せ寝が体温調節機構および呼吸循環器にどの様な影響を及ぼすのかを調べました。

3.赤ちゃんの体温調節の仕組み
 快適な環境温度下では、赤ちゃんは熱産生に対して放熱量を調節(末梢血管の収縮/拡張)する事によって恒温状態を維持している。しかし、震えや汗をかく様な極端
な低温/高温環境に遭遇した時には、放熱量の調節に加えて、産熱亢進/産熱抑制という体温調節機構が働きます。例えば、分娩直後の著しい環境温度の低下に遭遇した赤ちゃんは、末梢血管収縮(放熱減少)と啼泣(筋肉運動=産熱亢進)によって体温下降を防ぐ。一方、高温環境下では放熱促進(末梢血管拡張)と産熱抑制(睡眠+筋弛緩+呼吸運動抑制)によって高体温(うつ熱)から身を守る。高温環境下におけるヒトの体温調節機構(放熱促進+産熱抑制)が、呼吸循環器にどのような悪影響を及ぼすのか、その事を知ることがSIDSの原因を解明する鍵となる。

3−1) 快適な環境温度下における新生児の体温調節の仕組み
早期新生児の中枢深部体温(C-DBT)、末梢深部体温(P-DBT)、心拍数、行動(睡眠/覚醒/啼泣)を同時に観察した(図36)。生後3時間目頃、↑で示した間歇的な啼泣に一致して心拍数の急峻な増加と、C-DBTの上昇が観察された。その後、P-DBTが上昇(末梢血管拡張=放熱)し始めると同時に児は睡眠状態に入り、心拍数は120/分前後に安定、C-DBTはP-DBTと同じ36.8℃まで下降した。中枢と末梢深部体温の逆転現象(危険性)を察知した睡眠中の赤ちゃんは突然に激しく泣き出し、C-DBTは37.2℃まで上昇した。睡眠からの覚醒反応の刺激のひとつに、中枢体温の下降が関与していると考えられた。 図37は生後19時間目からの記録。快適な環境温度下では、C-DBT はP-DBTのリズミカルな体温変動、つまり、末梢血管の収縮(アドレナリンON)と拡張(アドレナリンOFF)によって放熱量が調節され、恒常性に保たれている様子がうかがえる。P-DBTの上昇に一致して、睡眠/心拍数減少/筋弛緩が、下降時には覚醒/心拍数増加/筋緊張亢進が認められた。以上の観察より、放熱機構には末梢血管の収縮と拡張が、産熱機構には筋緊張(啼泣=産熱亢進)と筋弛緩(睡眠=産熱抑制)が体温調節に重要な役割をしている事が分かった。
睡眠中の赤ちゃんの突然の啼泣(覚醒反応)は、中枢深部体温が下降(36.8℃)した為に、寒さを感じた赤ちゃんが反射的に啼泣(所謂、震え)によって熱を産生していると考えられた。この時の啼泣は末梢深部体温が中枢深部体温より高くなるという通常では起こりえない体温の“逆転現象”を防ぐため、恒温動物としての安全装置が自動的に作動したものと思われる。このように生後間もない赤ちゃんにおいても、中枢と末梢の深部体温には収束と離開という鏡面像的な変動が認められ、これによって体温調節が営まれていることが分った。このとき赤ちゃんの心拍数の変動は血管収縮時に多く、血管拡張時に減少していた。心拍数の変動と末梢血管の収縮/拡張はアドレナリンの分泌量と連動していることから、赤ちゃんの体温調節にはアドレナリンのON/OFFが体温調節に重要な役割を果たしていることが分った。

3−2)高温環境が新生児の体温調節と心肺機能に及ぼす影響
 環境温度の変化(高温⇒低温)がC-DBT/P-DBT、心拍数、呼吸数、経皮的酸素分圧(TcPO2)、および産熱量に及ぼす影響について観察したものである(図35)。高温環境下(左側)では、P-DBTはC-DBTに収束し、P-DBTにアドレナリンON/OFFのリズミカルな体温変動は見られなかった。この期間、心拍数、経皮的酸素分圧(TcPO2)は減少し、赤ちゃんは手足を広げ、顔色はピンク、刺激に対し反応性に乏しく、眠りから覚めず、筋緊張の低下が観察された。その後、環境温の低下とともにC-DBTとP-DBTは離開し、覚醒(啼泣)と心拍数・TcPO2・筋緊張の増加が観察された。中枢と末梢の体温較差が大きくなるに従って、呼吸運動(産熱量)が増加した。つまり、C-DBTとP-DBTが収束する様な高温環境下においては、人間は高体温(うつ熱)から身を守るために放熱促進(持続的な末梢血管拡張)と産熱抑制機構(睡眠+筋弛緩+呼吸運動抑制)を作動させ、体温調節を行なっている様子が観察された。

3−3)高体温(うつ熱)が危険な理由−発熱とうつ熱の違いー
 高体温は、発症メカニズムの違いによって、「発熱」と「うつ熱」の二つに大別される(図38)。発熱は末梢血管収縮(放熱抑制)と震え(筋肉運動)によって体温を上昇させる。高熱にもかかわらず、寒さを感じ震えが出るのは、体温調節中枢が発熱物質などによって錯誤的に高い水準にセットされ、あたかも低温環境下に置かれた場合と同様の体温調節機構(産熱亢進)を営むからである。一方、うつ熱は、高温環境・着せ過ぎ(放熱障害)などによって発症する。通常、体内の熱は輻射・対流・伝導・蒸散というメカニズムによって体外へ放熱されるが、衣服内が高温・多湿・無風という環境においては、放熱効率が悪くなり容易に高体温(うつ熱)となる。睡眠中の乳幼児にとってうつ熱が危険な理由は、発熱とは反対に、産熱抑制機構が作動し、児は眠りから覚めず、筋緊張が低下し続け、呼吸運動抑制によって低酸素血症に陥らせるからである。

4.「着せ過ぎ」が衣服内環境温度に及ぼす影響
 睡眠中の赤ちゃんに布団・衣服(帽子・靴下など)を着せ過ぎた場合、衣服内温度、および中枢深部体温(C-DBT)/末梢深部体温(P-DBT)はどの様に変動するかを観察した(図39)。衣服内環境温は着せ過ぎ前では35℃?36℃前後であったが、着せ過ぎ後では上昇し続け、啼泣後では衣服内温はC-DBTを上回り、38.5℃まで急上昇した。同時に、P-DBTも着せ過ぎ後から緩やかに上昇し、C-DBTとの間に収束化を認めた。以上より、着せ過ぎは放熱障害を招き、放熱した熱で衣服内環境温を上昇(蓄熱)させ、赤ちゃんを高体温(うつ熱)にする事が分った。死亡後にもかかわらず、体が温かい、発汗が強いなどのSIDSに特有の剖検所見は、児の衣服内環境が高温・多湿・無風であり、衣服内環境と外部との熱交流がなかったことを示唆するものである。

5.うつ伏せ寝が体温調節機構に及ぼす影響
 仰向け寝からうつ伏せ寝への体位変換が、児の体温調節機構にどの様な影響を及ぼすのかについて調べた(図40)。体位変換に一致して、中枢深部体温に大きな変動は認められなかったが、末梢深部体温には著しい体温上昇が観察された。中枢と末梢深部体温との間には末梢深部体温の上昇、つまり、体温の収束化(筋弛緩⇒産熱抑制)が認められた。うつ伏せ寝が危険な理由は、解剖学的に胸部(肺)が重力で圧迫され、特にうつ熱状態では筋弛緩作用によって呼吸運動がより妨げられ肺換気量が減少するからと考えられた。仰向け寝運動でSIDSが減少した理由は、うつ熱状態(筋弛緩)が改善され、呼吸運動抑制が軽減したためと考えられた。

6.結論―SIDSの発生機序― 
 着せ過ぎは衣服内環境温度を上昇させ、児を高体温(うつ熱)にする。高温環境に乳幼児を寝せたままにすると、自律神経は児の体温上昇(うつ熱)を防ごうとするために放熱促進に加え、産熱抑制機構を働かせる。うつ熱時に見られる児の睡眠・筋弛緩・呼吸運動抑制 そして発汗作用は、熱産生を低下させ、放熱を促進するための体温調節機構そのものである。高温、多湿、無風の衣服内環境では睡眠に伴う体温下降が生じないため、寒さを感じない赤ちゃんは眠りから覚めない(図35)。睡眠からの覚醒反応が遅延すると、衣服内の環境温度・湿度は放熱する自分の熱と汗で上昇し続け、高体温化に拍車がかかる。自律神経は児の高体温化(うつ熱)を防ごうと働くために、睡眠は深くなり、筋緊張はさらに低下し続け、呼吸運動は限りなく弱くなる。児が低酸素血症に陥り呼吸が苦しくなっても、呼吸運動を回復しない理由は、呼吸を活発にすると、呼吸運動(筋肉運動=熱産生)によって高体温化(うつ熱)が進むからである。自律神経は呼吸循環の安全性より、高体温を防ぎ、恒温状態に安定させる方を優先して働く。
一方、心血管系においては、環境温の上昇とともに末梢深部体温のリズミカルな体温変動は消失し、児は放熱促進を目的に末梢血管を持続的に拡張し続ける。即ち、交感神経は抑制されたままで、アドレナリンOFFの状態が持続する。心電図で、QT間隔延長が起きれば心室細動を引き起こす。発汗による脱水、末梢血管の拡張、QT間隔延長、低酸素血症なども手伝って血圧は低下し続ける。SIDSのメカニズムは、着せ過ぎ(放熱障害)⇒衣服内環境温度の上昇⇒高体温(うつ熱)⇒放熱促進(交感神経抑制=QT間隔の延長)+産熱抑制機構(睡眠+筋弛緩+呼吸運動抑制)⇒呼吸循環調節機能不全⇒低酸素血症⇒SIDSと考える(図41A・図41B)。

要約
1) 睡眠中の乳幼児に毛布・衣服(帽子、靴下等)を着せ過ぎると、衣服内環境温度は児の体温を超えて上昇し、乳幼児をうつ熱(衣服内熱中症)にする危険性がある(図39)。
2) あお向け寝からうつ伏せ寝への体位変換に一致して、末梢深部体温の著しい上昇(中枢と末梢深部体温の収束⇒産熱抑制(筋弛緩)が観察された(図40)。
3) 高温環境下(33℃の保育器)では、中枢と末梢深部体温の温度差はなくなり、末梢深部体温のリズミカルな体温変動(収縮/拡張)は消失、睡眠状態が持続した。その期間、児は外界の刺激に対し反応性に乏しく、心拍変動、TCPO2、筋緊張は減少した。環境温度を下げると自発啼泣が見られ、心拍変動、TCPO2、呼吸運動(筋緊張)は増強した(図35)。
4) P-DBTの上昇(末梢血管の拡張)時には心拍数減少/睡眠/筋緊張低下がもたらされた。P-DBTの下降(末梢血管の収縮)時には心拍数増加/覚醒/啼泣(筋緊張)が観察された(図37)。
5) C-DBT/P-DBTの体温較差は産熱量の程度を表わしている事が分った(図12)。
6) 放熱機構には末梢血管の収縮(アドレナリンON)と拡張(アドレナリンOFF)が、産熱機構には筋緊張(啼泣=産熱亢進)と筋弛緩(睡眠=産熱抑制)が体温調節に重要な役割をしている事が分かった(図35・図36・図37))。
7) 睡眠からの覚醒反応の刺激のひとつに環境温度の低下が関与している事が示唆された(図35・図36)。

■考察
SIDSの原因解明に当たって注目すべき点は、自律神経系の働きである。自律神経は快適な環境温度下では体温と呼吸循環などの制御を同時に円滑に行うことが出来る。しかし、不快(暑い・寒い)な環境温度下では、自律神経は呼吸循環の制御を無視し、体温調節を優先的に制御する特性を有している。つまり、温かい布団の中でうつ熱になった赤ちゃんの呼吸循環動態は、体温を恒常に維持するための放熱促進(持続的な末梢血管拡張)と産熱抑制(睡眠+筋弛緩+呼吸運動抑制)の犠牲に遭う。高温環境(うつ熱時)に事故が多い理由は、産熱抑制のための筋弛緩作用が呼吸運動を弱め、低酸素血症に陥らせるからである。その証拠に、寒い布団の中ではSIDSは発生しない。寒い布団の中では、児は眠りから覚め、熱産生を増やすために筋緊張を強め、激しく泣くことによって呼吸運動を活発化するからである。同様に、同じ高体温でも発熱の場合にはSIDSは発生しない。発熱はうつ熱と違って筋緊張が亢進し、産熱量を増すからである(図38)。

大人は、汗がでる様な不快な高温環境に遭遇した時、空調機や衣服などで環境温を快適に調節することが出来る。しかし、睡眠中の乳幼児は「暑い」・「寒い」を言葉で発することが出来ない。また自分の力で衣服(帽子、靴下など)を脱ぎ、暑いフトンの中から逃げ出すことが出来ない。SIDSが1歳未満の乳幼児に多い理由は、帽子・靴下を自分で脱いだり、暑い布団の中から逃げ出すことが出来ないからである。大人は、睡眠中の乳幼児を不慮の事故(SIDS)から守るために、体温調節機構のトラブル(うつ熱⇒筋弛緩)はどんな時に発生し、生命維持装置にどの様な異常を引き起こすのかを知って保育管理をしなければならない。高温環境下では、自律神経は呼吸循環の制御を無視し、放熱促進(末梢血管拡張=アドレナリンOFF)と産熱抑制(睡眠+筋弛緩+呼吸運動抑制)を優先して働くからである。
今回、中枢と末梢深部体温を同時に、連続的に測定することによって、恒温動物の体温調節のメカニズムを詳しく知ることが出来た。とりわけ、 C-DBT/P-DBTの体温較差は産熱量の程度を表わしている事、放熱機構には末梢血管の収縮(アドレナリンON)と拡張(アドレナリンOFF)が、産熱機構には筋緊張(啼泣=産熱亢進)と筋弛緩(睡眠=産熱抑制)が体温調節に重要な役割をしている事が分かった。

睡眠中の乳幼児の環境温度が適切かどうかの判断は、中枢深部体温を知るだけでは片手落ちである。末梢深部体温のリズミカルな体温変動の有無、つまり、自律神経系(交感・副交感)のバランスが平衡に保たれているかどうかを知る事が重要である。中枢体温が正常(37℃)で、末梢深部体温にリズミカルな体温変動があれば、恒温状態と考えてよい。リズミカルな体温変動が消失している時は、冷え性か、うつ熱の状態である。冷え性は末梢血管が持続的に収縮(アドレナリンON)した状態、うつ熱は末梢血管が持続的に拡張(アドレナリOFF)した状態である。冷え性とうつ熱の相違点は、C-DBTとP-DBTの体温較差によって知ることが出来る。冷え性では下肢の温度は冷たく、C-DBTとP-DBTの体温較差は大きく、産熱量は増えている。一方、うつ熱では下肢の体温は温かく、C-DBTとP-DBTは収束し、産熱量は減少した状態である。中枢体温が37℃で正常であったとしても、冷え性とうつ熱では呼吸循環器に及ぼす影響は全く異なる(図12)。乳幼児が布団の中で安全に眠るためには、体温が37℃前後で、しかも末梢深部体温にリズミカルな体温変動(アドレナリン
ON/OFF)が認められる恒温状態に安定している時である(図5・図37)。自律神経は児が恒温状態に安定している時に、呼吸循環器に対する制御を正常に機能する事が出来る。

■人工ミルクは、SIDSの危険因子ではない
SIDSは母乳育児に少ないと報告があるが、人工ミルクも高体温化に一役かっている可能性がある。母乳が安全な理由は、母乳の温度は母親の体温と同じ37℃〜38℃で、抱っこして飲ませるからである。人工ミルクの危険性は母乳より高い温度(約70℃以上)で調乳され、母乳の温度よりやや高めにして飲ませているからである。実際に飲ませている人工ミルクの温度は38℃〜43℃であった。人工ミルクも母乳(38℃)と同じ温度にして飲ませると、SIDSの発症率は減少すると考えられる。それよりもっと大事な点は、人工乳を飲ませる時には布団の中ではなく、必ず抱っこして飲ませることである。抱っこすることによって、布団内の環境温度・湿度を下げ、うつ熱を防ぐことが出来るからである。日本では、人工ミルクはSIDSの危険因子の一つになって妊婦を不安がらせているが、赤ちゃんのうつ熱(衣服内熱中症)に注意を払えば安心して飲ませる事が出来る。人工ミルクそのものがSIDSの危険因子ではないからである。米国などでは、人工ミルクはSIDSの危険因子になっていない。厚労省は日本のSIDSの危険因子から人工ミルクを削除して、最も危険な着せ過ぎに注意を新たに設けるべきである。母乳が十分に出ていない妊婦さんがSIDSを恐れて人工ミルクを飲ませなくなると、赤ちゃんは飢餓(低栄養+脱水)に陥り、発達障害の危険性を増すからである。厚労省は米国と同様に、「着せ過ぎに注意」のキャンペーン活動を行うべきである。最後に、睡眠中の児に無呼吸が起こり、体が熱く、汗をかいていたならば、呼吸運動を弱める筋弛緩作用を除去しない限り、呼吸を正常に回復する事は出来ない。この時の治療は人工換気(mouth-to-mouth)だけではなく、まず衣服を脱がせ、冷たいタオルなどで皮膚に寒冷刺激を与える事が重要である。SIDSを防ぐためには室温だけでなく、衣服内温度の上昇、発汗の有無に注意を払うべきである。SIDS防止策として、衣服内の至適環境温度の設定が望まれる。

―赤ちゃんをSIDSから守るためにー
赤ちゃんは「暑さ」に弱い
赤ちゃんの行動を科学すると、sleeping(静)やcrying(動)は体温調節機構の一端を表わしている。出生直後の赤ちゃんのように、身を縮め激しく泣き続ける時は寒い場合が多い。手、足を伸ばし静かに眠り続ける時は寒くない。寒いときには手・足は冷たく、そして激しく泣くこと(熱産生)によって“寒い”という“危険信号”を出すが、寒くないとき、特に温かすぎる時は、顔色はピンクで手足も暖かく穏やかに眠り続ける。一般に、“寒い時”には泣くことによって危険信号を発し、自力で熱を産生し恒温状態を維持しようと努力する。しかし、“暑い時”の放熱効果は外界の環境因子(温度・湿度・風など)や大人の育児法に影響される。つまり、熱産生は赤ちゃん自身が“能動的”に行っているのに対し、熱放散は他人まかせ“受動的”となってしまうことが多い。以上の理由から、出生直後の寒い分娩室に生まれた赤ちゃんは別にして、一般に赤ちゃんは寒さより、暑さによるトラブルが多い。赤ちゃんは体温調節機能そのものが未熟なのではなく、極端な環境温の変化に遭遇した場合に、赤ちゃんが自分の意志でそれに対応することが出来ないからである。