第12章 産科・麻酔科専門医制度の導入について

昔、皮膚・泌尿器科は同じ医師が診ていました。しかし、専門領域が全く異なることから、皮膚科と泌尿器科は単独の専門科となりました。それと同様に、産科と婦人科は専門分野が全く異なります。私は、産科と婦人科を分け、産科・麻酔科専門医制度を新設する事を10年以上も前から提言していました。婦人科医は癌や不妊症などの慢性疾患が専門です。一方、産科医は産科麻酔・救急医療、そして妊婦と赤ちゃんの病気(発達障害)を防ぐための予防医学に精通した医師であることが望ましいと考えているからです。

―産科麻酔科専門医制度をつくる目的―
母・児の全身管理と救急医療が専門の麻酔科医の資格を産科医に取らせる新制度をつくる事によって、麻酔科医不足・NICU不足・新生児科医不足は著しく改善されます。根拠は、産科医が麻酔科医の資格を取ることによって、医療レベルが格段に上がるからです。事実、当院で2004年〜2015年に生まれた4、384件のお産で、何らかの理由でNICUに搬送した症例は18件(0.41%)でした。当院からNICUに搬送する症例は極希で、福岡市の他の分娩施設に比べて約1/10程度です。搬送したのは、先天性の異常児(心臓病、染色体異常、など)が約半数を占めていました。さらに、新制度の導入によって無痛分娩が全国どこでも安全に行えるようになります。近年、神戸・大阪・京都などで起こった無痛分娩・帝王切開時の麻酔事故が産科麻酔科専門医制度の必要性を物語っているのです。産科麻酔科専門医制度の新設は、まさに一石二鳥です。

―自然分娩の言葉にだまされてはいけないー
日本では痛いお産を自然分娩と称し、恰も理想の分娩であるかのような説明を行い、痛みを全くとらない痛いお産を奨励するのが日本の助産師会です。しかし、日本の妊婦さんは誰一人として痛い自然分娩を希望されていません。助産師が自然分娩に拘る理由は、助産師は医療行為(麻酔)が出来ないからです。痛みをとらない日本流の自然分娩は、妊婦さんが求める満足いくお産とは程遠い分娩法です。歯科医は局所麻酔をして安全に抜歯をします。歯科医が歯科麻酔を行うのは当然です。同様に、産科医が産科麻酔を当たり前に出来る様にする為に、時代に相応した新しい産科麻酔科専門医制度を設けるべきと考えます。

―理想の無痛分娩法とはー
私は麻酔医(標榜医)でありながら無痛分娩に硬膜外麻酔は行いません。何故ならば、麻酔医である私は、硬膜外麻酔の難しさ・危険性を一番よく知っているからです。私は開業以来、産科麻酔には陰部神経ブロックを行ってきました。理由は、どの麻酔法が痛みを沢山取れるかではなく、どの麻酔法が安全か、副作用が最も少ない麻酔法は何かを考えてきたからです。私はお産の痛みの半分以上(60%〜80%)を軽減し、産道の筋弛緩が得られれば産科麻酔法として合格と考えています。産科麻酔は痛みを取る事だけが目的ではなく、安産効果(産道の筋弛緩作用)にすぐれた産科麻酔法を優先すべきと考えています。陰部神経ブロックの安全性と安産効果を母親教室で話すと、全ての妊婦さんが本法を希望されます。当院のHPの無痛分娩編に陰部神経ブロックの動画を掲載していますが、ほとんどの方は7割〜8割の痛みが取れたと満足されます。

★無痛分娩、各地で事故 足りぬ麻酔医
神戸新聞 医療ニュース (2017/6/29 06:40)
麻酔で痛みを和らげる無痛分娩は、欧米では一般的な出産方法で、日本でも出産への恐怖心を減らせるなどとして数年前から関心が高まっているが、妊産婦、赤ちゃんの死亡や重症化が相次いで判明している。手掛ける産婦人科医は増えつつあるが、無痛分娩のガイドラインなどはなく、安全対策の構築が求められる。
神戸市中央区の産婦人科病院では2015年8月、無痛分娩で陣痛促進剤を投与された女性が死亡。大阪府和泉市や京都府京田辺市でも、麻酔を使った無痛分娩や帝王切開で妊産婦らが死亡や重症化した例が明らかになっている。
相次ぐ事故を受け、日本産婦人科医会は今年6月、全国約2、400の産科医療機関を対象に、無痛分娩の件数や誰が麻酔を管理しているか、帝王切開での麻酔の体制などについて実態調査を開始。秋ごろをめどに結果をまとめて厚生労働省の研究班に提供し、安全対策につなげる。麻酔自体は麻酔科医でなくても施せるが、十分な訓練を積んだ産婦人科医や、麻酔科医でなければトラブル時の対応が難しい。日本では産婦人科医が1人の診療所でも無痛分娩の実施を掲げることができ、麻酔科医が常勤、常駐する医療機関は限られている。
兵庫県産科婦人科学会長で、なでしこレディースホスピタル(神戸市西区)の大橋正伸院長は「日本の医療は麻酔科を重視してこなかった。問題の根本的な解決には麻酔科医を増やす必要がある」と指摘する。以上、神戸新聞から

■産科医不足・麻酔科医不足は少子化を加速する
いま日本では、産科医不足が進んでいます。産科医が増えない理由は、深夜に起こされる、医療事故が多い、予定がつかない、などの諸事情が考えられます。しかし、それだけではありません。産科が医学生に人気が無い一番の理由は、日本のお産(自然分娩)に科学がないからです。科学者の卵である医学生が産科に関心を示さない理由は、日本のお産に科学が欠如しているからです。これから産婦人科医が増えたとしても、増えるのは婦人科医であり、産科医が増えるとは思われません。産科医不足が進むと、増えるのが院内助産院です。事故が起きそうになってから、あるいは事故が起きてから産科医が呼ばれ、産科医が一命を取り留めても手遅れなのです。もし、そこで医療事故が発生すれば、訴えられるのは助産師ではなく、産科医なのです。

― 院内助産院は少子化を加速 ー
産科医不足・麻酔科医不足は医療事故・障害児を増やすだけでなく、少子化対策にも悪影響を及ぼします。産科医が困った時の助産師の下請け作業(院内助産院)をしている間は、日本の周産期医療はますます悪くなる一方です。産科医の本来の仕事は、元気な赤ちゃんを障害なく世に送り出すことが主目的で、病気をつくって治療をするのが産科医の本来の仕事ではないからです。私は現行の院内助産師制度にも大反対です。そのためにも産科麻酔科専門医制度の設立を、国に早急に立ち上げて欲しいと願っています。兵庫県産科婦人科学会長が「日本の医療は麻酔科を重視してこなかった。問題の根本的な解決には麻酔科医を増やす必要がある」と指摘されましたが、その通りです。出来れば、産科医が麻酔科医の資格を取るべきと考えます。

■私の医療は麻酔科が原点
日本の少子化対策には、安全・安心なお産と全てのお産で無痛分娩を可能にする麻酔科医の資格をもったプロの産科麻酔科医をつくる必要があります。そのためには産科と婦人科を分ける大胆なお産改革(産科麻酔科専門医制度)をする以外にありません。産科麻酔科専門医はお産を安全にするだけでなく、自分自身を医療事故から守る為にも不可欠なのです。私が34年間、無事故で開業を続けられたのは、私自身が産科麻酔科医だったからと断言できます。産婦人科に入る前に麻酔科で臨床医学の基本を厳しく指導して頂いた麻酔科の諸先輩に改めて感謝する次第です。

<医学生の皆様へ>
開業医の息子であった私は大学に入学した時から産婦人科医になるつもりでした。しかし、麻酔や救急医療の基本は麻酔科で教わるべきと考えていた私は産婦人科に入る前に迷わず麻酔科にお世話になりました。僅か2年間の麻酔科での経験が、わたしを異端者への道へと足を向けさせたのです。そのお陰で、産科医の常識とは全く違った別の角度からお産を見る事が出来ました。麻酔科医は、手術の時に患者さんを眠らせる医者と思われる方が多いと思います。私が麻酔科で学んだのは麻酔の手技は勿論、それ以上に役立ったのが臨床生理学、医学の基本を実践で学んだことでした。

―科学する心に常識は非常識―
昔、九州大学総長の杉岡洋一先生は、入学式で『科学する心に常識は非常識』の言葉を学生に送られました。九州大学名誉教授の井口潔先生(九州大学2外科)は著書の中に、『医者や科学者は人類が繁栄する方向に努力する責務がある』と述べておられます。2016年、ノーベル医学生理学賞を受賞された東京工業大栄誉教授の大隅良典先生は母校の福岡高の卒業生を前に、「皆と同じことをやれば安心という精神は、科学には通用しない。人がやらないことをやるのは勇気がいるが、実は人生を楽しくするすべだと思う」と述べられました。

私は杉岡先生、井口先生、大隅先生の言葉に勇気を頂きました。私は世の中を明るくするために、何時までも異端者でありたいと、そして異端者の研究が何時の日か人類の為に役立ってくれることを夢みながら・・・・・・これからの人生を一人の人間として、科学者として、もっと楽しみたいと思う気になってきました。

―周産期医療は、宝の山―
日本のお産を良くするには医学生の皆様の力が必要です。産科には予防医学と
云う研究材料(宝の山)が、手つかずの状態で眠っているからです。周産期医療、つまり、『妊娠から出産に至るまでの妊娠経過』・『胎内から胎外生活への環境の変化』・『緊急帝王切開』などを詳しく知ると、まるで内科学・新生児学・外科学総論を勉強している様です。お産は自然が良いと勘違いしている人を多く見かけますが、自然にするから異常が増えるのです。産科に最も必要なのが科学(予防医学)の力なのです。残念ながら現代産科学には病気(発達障害)や医療的ケア児を防ぐための科学(予防医学)は微塵もありません。人生を楽しくするために、人のやらない事をやってみたいと思う医学生がおられましたら、是非ご一報ください。久保田の連絡先はkubotahp@gmail.comです。尚、産科麻酔科専門医制度については、日本・少子化対策・久保田で検索して頂くと、ネットで詳しく見る事が出来ます。