第14章 助産師教育を見直す時

赤ちゃんをより健康に障害なく育てるためには、寒い分娩室に生まれてきた出生直後の赤ちゃんの体温管理(保温)が如何に重要かを、当院で生まれた15、724人の赤ちゃんに学びました。一般に、赤ちゃんは体温調節が未熟と言われますが、正常成熟新生児であれば、生まれた時には既に自分の力で体温調節が出来る一人前の立派な人間に育っています。赤ちゃんは温かい子宮内から約13℃も低い寒い分娩室に生まれてきますが、寒冷刺激(胎内と胎外の環境温度差)を受けた赤ちゃんは低体温症から自分自身を守るために、全身の末梢血管を一生懸命に収縮させ、産声(産熱亢進↑)をあげ、体温を37℃に維持しようと必死に頑張っています。寒い部屋で新生児の保温を怠ると、赤ちゃんは放熱を防ぐ為に持続的に末梢血管を収縮させます。末梢血管を収縮させる時に出るホルモンがアドレナリンです。そのアドレナリンが赤ちゃんの全身の血管を収縮させ、チアノーゼ(肺高血圧症)・初期嘔吐・低血糖・胎便排泄遅延・重症黄疸などの適応障害を引き起こしていたのです。当院では、出生直後に温かい環境温度(保育器=34℃)を準備し、赤ちゃんをより早く恒温状態に安定するための体温管理を行ってきました。そのお陰で、当院ではチアノーゼ・初期嘔吐・低血糖・重症黄疸などの適応障害は全くと言っていいほど出ません(図26)。

現代産科学は出生直後の赤ちゃんに見られる適応障害(初期嘔吐・低血糖・黄疸など)を生理的現象と考えていますが、本当は、分娩室の温度が寒過ぎたために引き起こされた非生理的な現象です(図1)。つまり、現代産科学は出生直後の体温管理を怠り、わざわざ病気をつくり、それを治療しているのです。医療費が増え、NICU不足、新生児科医が不足するのは当然です。昔の産婆さんは冷え性(末梢血管収縮)を防ぐために部屋の温度を上げ、出生直後に産湯に入れていました。産婆さんは、経験から、赤ちゃんをより元気にする為の科学(予防医学)を赤ちゃんから学んでいたのです。現代の助産師さんは、昔の産婆さんが行ってきた日本の伝統的な「産湯」を見習うべきです。

■自律神経は、呼吸循環よりも体温の制御を優先する
私が新生児体温の研究から学んだ最も大事な事は、人間が不快な環境温度(寒い・暑い)に遭遇した時、自律神経は呼吸循環・消化管・糖代謝などの制御を無視し、『恒温状態を維持するための体温調節を優先して働く』という事を学んだことです。不快な環境温度では、自律神経は呼吸循環の制御を無視し、体温調節を優先して働きます。逆に、自律神経が体温調節を無視し、呼吸循環の調節を優先して働くならば体温は不安定となり、人間は恒温動物ではなくなります。自律神経が体温調節より呼吸循環の調節を優先する事は、人間が恒温動物である限り、絶対に考えられないことです。自律神経は体温調節と呼吸循環・消化管機能などの調節を司っていますが、呼吸循環・消化管等の機能を安全に精巧に制御できるのは、人間が快適な環境温度にいる時、恒温状態の時だけです。人間が不快(寒い・暑い)な環境温度に出会った時、自律神経は体温調節を優先して作動するため、呼吸循環器・消化管など全ての臓器は体温調節を目的としたアドレナリンON/OFFの犠牲となるのです。

■人間(恒温動物)はアドレナリンに制御されている
人間の体温(37℃)は環境温度によって、放熱抑制(末梢血管収縮=アドレナリンON)と放熱促進(末梢血管拡張=アドレナリンOFF)という体温調節機構によって制御されています(図12)。ところが、そのアドレナリンは体温調節の他に、呼吸循環の制御も行っています。赤ちゃんや高齢者が不快(寒い・暑い)な環境温度で病気や突然死が増えるのは、自律神経が不快な環境温度(寒い・暑い)に合わせアドレナリン(ON)あるいはアドレナリン(OFF)のどちらか一方だけを優先して体温調節を行っているからです。例えば、寒い部屋に赤ちゃんを放置した場合、末梢血管収縮(アドレナリン ON)の状態が持続します。一方、暑い部屋に放置した場合は末梢血管拡張(アドレナリン OFF)の状態が持続します。寒い部屋でアドレナリン(ON)が持続すれば、全ての血管は収縮し、新生児肺高血圧症(チアノーゼ)・初期嘔吐・低血糖症などを引き起こします。暑い部屋ではアドレナリン(OFF)の放熱促進に加え、産熱抑制機構(睡眠+筋弛緩)が働き、乳幼児突然死症候群(SIDS)を引き起こします。出生直後のカンガルーケア中の心肺停止事故は低温環境におけるアドレナリン(ON)が原因です(図25)。高温環境のアドレナリン(OFF)で発生するSIDSとは発生メカニズムが根本的に違います。産科医療補償制度の原因分析委員会が出生直後の寒い分娩室で起こったカンガルーケア中の心肺停止事故を原因不明として、着せ過ぎなど高温環境で発生するSIDS(ALTE)と診断したのは事故調査委員会の明らかなミスと考えます。

■私が考える恒温状態とは
私が出生直後の赤ちゃんを出来るだけ早く恒温状態に安定させる目的は、アドレナリン(ON)による持続的な末梢血管収縮を防ぐためです。特に、寒い分娩室でアドレナリン(ON)の末梢血管収縮の状態が持続すると、赤ちゃんに最も危険な新生児肺高血圧症(チアノーゼ)を誘発するからです。特に、赤ちゃんや高齢者が安全に健康に生きるためには不快な環境温度ではなく、アドレナリン分泌がON/OFF/ON/OFFを繰り返す快適な環境温度を準備しなければなりません(図5)。一般に、体温が37℃であれば恒温状態と考えられていますが、それだけでは安全ではありません。体温が37℃で、下肢の末梢血管が収縮と拡張、つまり、交感神経と副交感神経のバランスが平衡に保たれている時が恒温状態と考えるべきです。恒温状態が安全で、冷え性と熱中症に病気・事故が多いのは、自律神経のバランスがどちらか一方に偏っているからです。

■助産師の皆様へ
周産期医療の関係者の方にお願いがあります。出生直後の赤ちゃんを2分以内に、温かい保育器(34℃⇒30℃)に2時間入れて下さい。この保温は、周産期医学も認めていますので、大丈夫(安全)です(図43)。一時間目は34℃、2時間目は30℃にセットします。赤ちゃんの顔色の良さと食欲が良いこと、胎便の排泄が早い事に驚かれるでしょう。試しに、生後1時間目に糖水を飲ませて下さい。嘔吐もなく、赤ちゃんは美味しそうにグイグイと飲んでくれる筈です。生まれたら、すぐ34℃の保育器に入れる、ただそれだけで赤ちゃんを低酸素血症・低血糖症・初期嘔吐・便秘、等から守ってくれます。出生直後の新生児管理の基本は、冷え性(持続的な末梢血管収縮)を如何にして防ぐかです。不思議な事に、生後1時間 34℃の保育器に入れるだけで、その後、保育器の温度を30℃に下げても、2時間目に保育器から25℃の新生児室のコットに移しても、足底部の末梢深部体温は34℃以下に下がる事はありません。その訳は、最初の部屋(保育器)の温度が中性環境温度(34℃)に保たれており、赤ちゃんは体温維持に必要な放熱抑制(持続的な末梢血管収縮)の必要性がないからです。つまり、快適(中性環境温度)な環境温度下では、自律神経は呼吸循環動態の安定化を促進し、全身の末梢血管・心臓から肺に行く肺動脈血管を開き、肺呼吸を確立、同時に下肢から心臓に向かう静脈還流量を増やし血圧を上昇させるからです。恒温状態に安定した赤ちゃんの下肢の温度は温かい血流が流れるため下肢の温度は低下しないのです。当院で生まれた赤ちゃんに肺高血圧症(チアノーゼ)が一人も出なかったのは、出生直後の赤ちゃんを34℃の保育器に入れ、冷え性(持続的な末梢血管収縮)を完全に防いでいたからです。出生直後に温かい保育器(34℃)に入れる目的は、赤ちゃんを適応障害から守るだけでなく、医師・助産師さんを医療事故(裁判)から守ってくれる事です。事故は、ほとんどが冷え症(持続的な末梢血管収縮=アドレナリンON)が原因だからです。大人にとっても、赤ちゃんにとっても冷え性は『万病の元』なのです。

■助産師教育を見直す時
助産師の間で常識になっている『赤ちゃんは、3日分の水筒と弁当を持って生まれて来る』の言葉を死語にしなければなりません。この科学的根拠のない助産師の無責任な一言が多くの赤ちゃんを飢餓に陥らせているのです。母乳は、出産後3日間は、全くと言っていいほど出ていないからです。その証拠に赤ちゃんの体重は10%以上も減っているのです。助産師の代表は−15%までの体重減少を生理的体重減少と考えているのに驚かされます。私は、寒い部屋でのカンガルーケアと生後3日間の飢餓が低血糖症を誘発し、発達障害を驚異的に増やした一番の要因と考えています。
6人に1人の隠れ高インスリン血症の赤ちゃんに、寒い分娩室でカンガルーケアと完全母乳をすると、まず低血糖症は避けられません。脳発達に最も重要な時期(生後3日間)に赤ちゃんを飢餓に陥れる医療行為は、まさに児童虐待(ネグレクト)そのものです。早期新生児の飢餓の危険性につて、板橋家頭夫先生(昭和大学医学部小児科学教授)は次の様に述べておられます。

■板橋先生は、超低出生体重児の栄養と発達予後と題して、Neonatal Care Vol,13No,1(2000)に、低栄養の危険性を次の様に報告されています。
@ 出生後、早期に低栄養にさらされると脳への影響は大きく、栄養学的リハビリテーションによっても回復する可能性が低い。
A 離乳後であれば影響の程度は少なく、低栄養後の栄養学的リハビリテーションによって回復しうる可能性が高い。
B 低栄養は神経細胞間のネットワーク形成を阻害する。
C 低栄養の影響が顕著に現れるのは、神経細胞の増殖が盛んな部位で、栄養学的リハビリテーションによっても細胞数の減少が持続する。
@ グリア細胞は低栄養に敏感に反応し、髄しょう化の遅延・脳重量の減少がみられるが、これは中枢神経系の機能に影響を与える可能性がある。

■元佐賀県伊万里保健福祉事務所(所長)の仲井宏充先生は「母乳育児を成功させるための10か条の解釈」と題して、J.Natl.Public、Health.58(1);(2009)に完全母乳の危険性について意見を述べられています(文献21)。仲井先生の論文はネットで見る事が出来ます。

★完全母乳哺育と寒い分娩室でのカンガルーケアを “良し”と考える助産師教育そのものを見直さなければ、日本では発達障害は確実に増え続けます。私が院内助産院の普及に反対する理由は、『赤ちゃんは、3日分の水筒と弁当を持って生まれて来る』の間違った説と、−15%までの体重減少を生理的体重減少と考えているからです。日本の助産師がそれらの間違いを信じきっている事は、赤ちゃんにとって致命的です。報道が一斉に「3日分の水筒と弁当」説に警鐘をならせば、明日からでも日本のお産は安全になると期待されます。日本のお産の常識、助産師教育を見直さなければ、発達障害・医療的ケア児はこれからも増え続けると思います。