2.環境温度(低温・高温)が新生児の自律神経系に及ぼす影響

分娩室が寒過ぎると、出生直後の赤ちゃんは体温下降を防ぐためにアドレナリン(血管収縮ホルモン)を分泌します。それは末梢血管を収縮させ、皮膚からの放熱を防ぐためです。ところが、末梢血管と心臓(右心室)から肺に向かう肺動脈血管は生理学的にリンクしていますので、寒さでアドレナリンが分泌し続けると、本来拡張すべき肺動脈血管までも収縮させます。ここで大事な点は、生命の安全を司る自律神経は、呼吸循環や消化管などの制御よりも、体温の恒常性(37℃)を維持するための体温調節機構(産熱・放熱)の方を優先して作動する特性を持っていることです。つまり、人間が不快な環境温度(寒い・暑い)に遭遇した時は、自律神経は体温調節を優先するために、呼吸循環・消化管・肝臓などの機能は体温調節機構の影響を受けることになります。その影響が短い時間であれば問題ないのですが、長時間に及べば、赤ちゃんの呼吸循環・消化管などの機能は体温調節機構の犠牲になるのです。寒い部屋で赤ちゃんを保温もせず放置した時の例がカンガルーケア中の心肺停止事故、一方、暑い環境で寝てしまった時の例が衣服を着せ過ぎた時の睡眠中の乳幼児突然死症候群(SIDS)、猛暑時の屋内熱中症、入浴中の溺死などです。研究者はこれらを病気と考え心肺停止の原因を探していますが、未だに見つかっていません。見つからない理由は、心肺停止の原因が病気ではなく、不快な環境温度(寒い・暑い)に対する自律神経系つまり交感神経・副交感神経のバランスが崩れ、そのバランスがどちらか片方だけに偏り過ぎた為に引き起こされた事故だからです。低温環境(分娩室)では交感神経が優位となりアドレナリンを分泌し続け、末梢血管を収縮します。一方、高温環境(着せ過ぎ)では副交感神経が優位となりアドレナリン分泌が抑制されることになります。不快(寒い・暑い)な環境温度に連動したアドレナリンのON/OFFが、片方だけに偏った時に、呼吸循環器・消化管・肝臓などの臓器に異常を引き起こすのです。

3.「寒冷刺激」のメリット・デメリット
赤ちゃんは分娩を境に温かい子宮内(38℃)から約13℃も低い分娩室(24℃〜26℃)に生まれてきますが、この胎内と胎外の環境温度差が刺激となって肺呼吸を始めます。もし分娩時に寒冷刺激がなければ呼吸開始が遅れるか、ほかに何らかの刺激がなければ、赤ちゃんは呼吸を始めようとしません。例えば、水中分娩を例に挙げると、羊水の温度と同じ38℃のお風呂の中で水中出産をした時には、赤ちゃんは寒冷刺激を感じませんので、お風呂の中では呼吸を始めません。だから水を吸わないのです。赤ちゃんは38℃のお湯から外に出て、皮膚に寒さを感じてオギャと泣き出すのです。この様に、分娩時の程々の寒冷刺激は呼吸を始める上で、とても重要な役割を果たしているのです。しかし、寒冷刺激が強すぎて、その影響が長時間に及ぶと、赤ちゃんはアドレナリンを分泌し、末梢血管を持続的に収縮させ、放熱を防ごうとします。このアドレナリンの持続的な分泌が肺動脈血管の拡張を妨げ、チアノーゼを主症状とする肺高血圧症を引き起こすのです。昔の産婆さんは、産湯を沸かし部屋の温度をあげ、赤ちゃんを寒冷刺激から守っていました。昔の産婆さんの方が現代の産科学より、より科学的な新生児管理を行っていたのです。日本の伝統的な産湯の歴史は、厚労省の「授乳と離乳の支援ガイド」によって廃止されてしまいました。それが、カンガルーケア(早期母子接触)中の心肺停止事故や発達障害のリスクを増やす要因となっているのです。

4.安心できない産声
寒い分娩室で「オギャ」と産声をあげ元気に泣いたとしても、肺呼吸が順調に始まったのだと安心するのは禁物です。何故ならば、元気に産声をあげ泣いた赤ちゃんが、その後、カンガルーケア中に紫色(チアノーゼ)になり、手足が冷たくなって、心肺停止の状態で見つかる事例が全国で相次いでいるからです。産声を上げ呼吸を始めたとしても、心臓(右心室)から肺動脈を通して肺に十分な血液が流入しなければ、赤ちゃんはガス交換ができず低酸素血症に陥り、心肺停止のリスクにさらされるのです。また肺で酸素化された動脈血を心臓(左心室)から全身に送り出すための血圧(心収縮力)が低下すれば、全ての臓器、とくに脳細胞は低酸素血症による障害を受けることになります。産声をあげ元気に泣いた赤ちゃんに、何故チアノーゼが出たり、血圧が下がったりするのでしょうか。
生後間もない赤ちゃんのチアノーゼの原因は、放熱を防ぐためのアドレナリンが肺動脈血管を収縮させ、胎児期の動脈管から肺動脈への血流の切換えが順調に進まず、肺で酸素化されていない静脈血が直接大動脈に入り込むからです。
ところで、アドレナリンは血圧を上昇させるホルモンとして知られていますが、寒い分娩室に生まれた新生児の場合には、アドレナリンが持続的に分泌すると血圧は次第に低下するのです。

5.アドレナリンが血圧を下げるメカニズム
アドレナリンは末梢血管を収縮し、心収縮力を強め、脈拍を早くすることによって血圧を上昇させます。しかし、寒い部屋で出生直後の赤ちゃんの体温管理(保温)を怠ると、下肢が冷たくなり血圧が低下します。つまり、冷え症(末梢血管収縮)の赤ちゃんは下肢から心臓に戻る静脈還流量が減少し、心臓に引き戻されるまでの所要時間が延長します。その結果、静脈血が心臓を充満する前に心収縮がはじまり血圧が低下するのです。大人は脈拍が遅いので問題ありませんが、赤ちゃんの脈拍は大人の倍あり、この赤ちゃんの頻脈と末梢血管収縮による静脈還流減少の相乗作用によって血圧が低下するのです。

その1.赤ちゃんの心拍数(頻脈)に問題
分娩室や母子同室中の寒い部屋にいる赤ちゃんは放熱を防ぐためにアドレナリンを分泌し、末梢血管を持続的に収縮することによって体温の恒常性を維持しています。低温環境下でアドレナリンが分泌し続けると、末梢血管が持続的に収縮するため血管抵抗が増し、下肢から心臓に戻る静脈還流量が減少します。安静時において大人の心拍数は1分間に60〜90回位が一般的ですが、出生直後の赤ちゃんはアドレナリンの作用も加わり、1分間に160〜190回と心拍数が極端に速いのが特徴です。つまり、アドレナリンが血圧を下げる理由は、下肢から心臓に戻る静脈還流量の減少と心拍数が頻脈である事が組み合わさって、心拍出量(一回)の減少を来し、低血圧を来すのです。

その2.心臓の仕事(収縮と拡張)
肺で酸素化された動脈血は、心臓の収縮によって心臓(左心室)から大動脈に駆出され全身に運ばれます。全身に酸素を運んだ血液は静脈血となって再び心臓(右心房)に戻ります。全身臓器から心臓に戻る静脈血流を「静脈還流」と呼びますが、静脈還流は心臓が拡張するときの力、つまりスポイト式の陰圧の力によって心臓(右心房)に引き戻され、肺でガス交換した後に、再び全身を循環します。つまり、心臓は心収縮力によって動脈血を全身に送り出す仕事と、全身の静脈血を心臓が拡張するときの陰圧で、心臓に引き戻す二つの仕事を行っているのです。

その3.「冷え症」に注意
寒い分娩室に生まれた赤ちゃんは放熱を防ぐためにアドレナリンを分泌し続け、末梢血管を持続的に収縮します。その結果、心臓から離れた下肢の血流が減るため、温かい血液の流れが悪くなり下肢は冷たくなります。大人の冷え症は生活習慣病(睡眠不足・タバコ・過労・デスクワーク・運動不足など)が原因ですが、赤ちゃんの冷え症は部屋の温度が寒過ぎるためです。冷え症自体は病気ではありませんが、下肢から心臓に戻る静脈還流量の減少を来す事によって、全ての臓器に血流障害を招き、二次的に病気を引き起こすことになるのです。

6.チアノーゼ・初期嘔吐は、冷え性(末梢血管収縮)が原因
生後間もない赤ちゃんにチアノーゼ(全身色が紫色になること)が出ることがありますが、先天的な心臓病を除けば、チアノーゼは体温調節(放熱抑制)のためのアドレナリンが肺動脈を収縮し、本来ならば肺に入るべき血液が胎児期の動脈管へ入り込み、肺でガス交換されていない血液が大動脈に流入するためです。出生直後にカンガルーケアをするとチアノーゼが出る事が報告されていますが、アドレナリンの影響で、肺を循環する血液の流れが悪くなり、チアノーゼ(酸素不足)が出るのです。新生児のチアノーゼを防ぐ為には、アドレナリンが持続的に分泌するのを防ぐ為の体温管理つまり赤ちゃんを快適な環境温度に収容して恒温状態に安定させる事が重要です。出生直後の赤ちゃんに最も安全で快適な環境温度は34℃、それを中性環境温度と言いますが、チアノーゼは赤ちゃんの呼吸循環器に異常があるのではなく、医療従事者が出生直後の体温管理(保温)を怠ったことが主原因です。出生直後の赤ちゃんを34℃の中性環境温度で2時間 管理するだけで、赤ちゃんの冷え症やチアノーゼは、ほとんど出現しなくなります。また、初期嘔吐も出なくなるのです。初期嘔吐は生理的現象と考えられ放置されていますが、真実は、冷え症(末梢血管収縮)による消化管血流の減少、つまり腸管の蠕動運動の低下が嘔吐の原因です。

7.人間が安全に生きるための条件
私が出生直後の赤ちゃんを34℃の保育器に入れるのは、出生直後からの体温下降を少なくして、より早く恒温状態に安定させるのが一番の目的です。保育器の室温が34℃あれば中枢体温は37℃、下肢の体温は34℃以下に低下することはなく、体温調節は末梢血管の収縮と拡張つまり末梢血管のリズミカルな体温変動によって行われます。このリズミカルな体温変動によって末梢血管の持続的な収縮、つまりアドレナリンの持続的な分泌を解除することができるのです。
赤ちゃんが安全に生きるための条件は、自律神経(交感神経と副交感神経)のバランスを平衡に保つような、快適な環境温度の設定が重要です。出産直後の新生児の様に自律神経のバランスが大きく崩れ、交感神経優位の状態が持続した時に、呼吸循環動態に異常を来しチアノーゼが出るのです。つまり、自律神経のバランスを平衡に保つ環境温度の設定が赤ちゃんの胎内から胎外生活への適応を円滑にするのです。

8.赤ちゃんは「温めるケア」を望んでいます
人間は快適な環境温度にいる時が自律神経のバランスが平衡に保たれ、呼吸循環などの諸臓器の機能が最も安定し安全に生きられるのです。人間が恒温動物ではなく変温動物であったならば、寒さ・暑さによる事故はおきません。現代産科学は人間が恒温動物であることを忘れているとしか思えません。なぜならば、日本の分娩室は赤ちゃんではなく、衣服を着た大人に快適な環境温度(24℃〜26℃)に設定しているからです。寒い分娩室でのカンガルーケア中の赤ちゃんは、母親のお腹の上で寒さと闘っているのです。へその緒が切断され、母親からの栄養(糖分)が途絶えた赤ちゃんは、エネルギー(糖分)消費の多い寒い分娩室でのカンガルーケアではなく、全身を温めるケアを望んでいるのです。寒い部屋では、熱産生のために糖分を大量に消費してしまい、とくに完全母乳の赤ちゃんは低血糖症に陥るリスクが増えるからです。分娩室の温度設定は赤ちゃんには出来ませんので、大人が管理するしかありません。しかし、日本の医療従事者は、分娩室の温度を赤ちゃんではなく、大人に快適な環境温度(24℃〜26℃)に設定する間違った習慣を身につけてしまっています。分娩室を大人に快適な温度に設定するならば、医療従事者は赤ちゃんにも快適な環境温度を、保育器などを用いて準備するべきなのです。ところが医療従事者は、保育器は2500g以下の低出生体重児のものとし、元気に生まれた正常成熟児は保育器に入れる必要がないと決めつけられています。昔の産婆さんなら、温めるケアの重要性を理解してくれる筈です。しかし、カンガルーケアに積極的な医師・助産師は体温管理(保温)の重要性が分からないままに、寒い部屋でカンガルーケア中に心肺停止事故を繰り返しているのです。心肺停止事故の責任は、赤ちゃんと母親にはなく、医療従事者にあるのは明白です。

9.結論
人間のすべての臓器は交感神経と副交感神経の二つの自律神経系によって制御されています。寒い分娩室では交感神経優位の状態、つまり、アドレナリン分泌が持続しますので、特に出生直後の赤ちゃんには不利益です。交感・副交感神経のバランスが平衡に保つための快適な環境温度を準備してあげる事が最も重要です。
つまり、出生直後の赤ちゃんを保育器に入れることは、持続的なアドレナリン分泌を抑え、肺動脈血管を拡張、肺血流を増やし、ガス交換を促進するのが目的なのです。未熟児ではなく、たとえ正常成熟新生児であっても、日本の分娩室では体温管理(保温)が絶対に必要です。久保田式新生児管理法を行えば、呼吸障害(チアノーゼ)が出ないだけでなく、生理的と考えられている初期嘔吐、黄疸、低血糖、体重減少などにも著しい改善が見られるからです。日本の寒い分娩室で出生直後からカンガルーケアをする事は危険極まりない医療行為である事を分かって頂いたと思います。寒冷刺激の強い日本の分娩室では、カンガルーケアではなく、温めるケアが最も大事なのです。

ここで述べた内容は、第24回日本母乳哺育学会(2009年9月27日・東京)において、日本の分娩室は新生児にとって“寒すぎる”、と題して発表した内容を、一般の方にも分かり易く解説したものです。

2014年3月19日
                                           久保田史郎