■ 赤ちゃんの予防医学がなぜ必要か
わが国は世界で一番安全なお産ができる国ですが、ほとんどの妊婦さんが知らない意外な事実があります。それは発達障害児(脳性麻痺等を含む)の正確な発生率がごくわずかな都道府県でしか公表されていないことです。発達障害とは脳性麻痺・精神遅滞・視覚/聴覚障害・学習障害などを意味します。わが国の厚生省資料(2000年)によれば、視覚/聴覚障害児の明らかな増加が認められています。また他の資料によれば、先天異常や高度の障害の発生率には変化ないようですが、軽度の発達障害のある(グレイゾーンの)子供たちが増加傾向にあると懸念されています。脳性麻痺を含む重度心身障害児の発生数は、各地の報告では出生1,000人に対し1.0〜2.0人ですが、全発達障害児の発生数はその約10倍と考えられています(大阪府,1993年)。すなわち、生まれた赤ちゃんの50人〜100人に1人が発達障害児と診断されているのです。
 発達障害の発生原因は数多くあります。1)出生前の異常、2)分娩中の異常、3)新生児早期の異常、4)原因不明などですが、1996年の米国の報告(下図)では、分娩後(新生児早期)に原因がある障害児の発生が増加していると発表されています。そして新生児時期に発達障害を起こす原因の中に、重症黄疸や低血糖症が多く含まれていると推察しているのです。しかし発達障害の原因となるような重症黄疸や新生児低血糖症などは、出生直後からの赤ちゃんの体温管理や哺育管理によって予防可能なのです。また分娩中や出生後の赤ちゃんの低酸素血症も、医療機器の進歩と分娩中の慎重な管理によって予測/予防可能となってきているのです。われわれお産にたずさわる医師や助産婦は、これらの点を大いにふまえて妊婦さんや赤ちゃんの看護/予防/治療に取り組むべきではないでしょうか。すなわち、安全なお産(安産)を目的とした妊娠初期からの栄養/生活指導をすること、超音波検査等により妊娠中の異常を早期に発見すること、分娩中の赤ちゃんの低酸素血症を胎児モニターなどにより早期発見し酸素投与や急速墜娩をすることによって防止すること、生まれたあとの赤ちゃんの低血糖症・重症黄疸・新生児出血症などを出産後早期からの慎重なケアによって予防すること、などではないでしょうか。
*武久 徹著:胎児仮死の臨床的評価と治療
(周産期医学Vol.27 No.10 1997-10より引用)
 ある雑誌(1997年)には福岡市近辺で生まれた赤ちゃんの約40人に1人が市の障害児センターを受診していると書かれていました。その障害の程度や原因は様々と思いますが、そのような赤ちゃんの発症をひとりでも予防することができるのであれば万難を排して予防しようと努めることこそが、医師や助産婦の使命だと思います。そのためには、予防医学の概念に基づいた赤ちゃんの哺育法が重要であると考えます。
厚生労働省は21世紀初頭の母子保健の目標として「健やか親子21」と題した国民運動計www.mhlw.go.jp/search/mhlwj/mhw/other/topics/sukoyaka/tp1117-1_b_18.html) を推進することになりました。これは母子の健康増進にとってたいへんすばらしい運動です。この運動の推進によって、わが国の妊産婦死亡のさらなる減少などとともに、予防可能な発達障害児の発生の防止につながることを期待したいと思います。