「葉酸が大切なのは聞いたことがある。でも、なぜ“妊娠してから”ではなく“妊娠する前から”なの?」
妊活を始めた方から、私がもっとも多く受ける質問のひとつです。
葉酸が妊娠前から重要とされる理由は、はっきりしています。それは、葉酸が赤ちゃんの脳と脊髄のもとになる「神経管」の形成に深く関わっていて、その神経管がつくられるのが、多くの人が妊娠に気づくよりも前の時期だからです。
この記事では、産婦人科医の立場から「なぜ妊娠前からなのか」を、神経管閉鎖障害のしくみ、厚生労働省が示す摂取量の根拠、食事だけでは難しい理由までさかのぼって解説します。そのうえで、葉酸に何ができて、何ができないのかも正直にお伝えします。
妊娠初期は、赤ちゃんの「神経の土台」がつくられる時期
妊娠のごく初期、赤ちゃんの体の中ではすさまじいスピードで細胞分裂が進み、体の各部分のもとがつくられていきます。なかでも早い段階でつくられるのが、のちに脳と脊髄になる「神経管」です。
神経管は、いわば赤ちゃんの神経系の“土台”にあたる部分です。この土台が正しくつくられることが、その後の脳・脊髄の発達の出発点になります。
葉酸は、ビタミンB群の一種で、細胞が分裂し新しい細胞をつくるとき(DNAの合成)に欠かせない栄養素です。だからこそ、細胞分裂がもっとも活発な妊娠初期に、母体に十分な葉酸があることが重要になります。
神経管閉鎖障害とは——医学的に何が起きているのか
神経管は、はじめは平らな板のような形をしていて、それが筒状に閉じていくことで脳・脊髄のもとになります。この「閉じる」過程がうまくいかないことで起こるのが、神経管閉鎖障害です。
代表的なものに、次の2つがあります。
- 二分脊椎:脊髄の一部がうまく閉じず、神経が障害を受けることがあるもの
- 無脳症:脳の大部分が形成されないもの
母体の葉酸が不足していると、この神経管閉鎖障害のリスクが高まることが、国内外の研究で示されています。逆に、妊娠前から適切に葉酸を摂ることで、そのリスクを“低減”できることがわかっています。
ここで一つ、誤解しないでいただきたいことがあります。葉酸はリスクを「低減」するものであって、「ゼロにする」ものではありません。神経管閉鎖障害には葉酸以外の要因も関わります。それでも、自分でできる準備として葉酸が重要であることは、産科の世界では広く共有されている考え方です。
なぜ「妊娠してから」では遅い可能性があるのか
ここが、この記事でもっともお伝えしたい点です。
神経管がつくられ、閉じていくのは、受胎後およそ28日(妊娠6週ごろ)までのごく早い時期です。
一方で、多くの方が妊娠に気づくのは、生理の遅れを感じる妊娠4〜5週ごろ。つまり「妊娠したかもしれない」と気づいた時点で、神経管の形成はすでに大詰めを迎えているのです。
この“ずれ”が、「妊娠してから飲み始めるのでは間に合わないことがある」と言われる理由です。神経の土台がつくられる大切な時期に、すでに母体に十分な葉酸が蓄えられている状態にしておく——そのためには、妊娠してからではなく、妊娠する前から葉酸を意識しておく必要があります。
だからこそ私は、「そろそろ子どもがほしい」と思ったその日が、葉酸を始める日だとお伝えしています。
いつから始めて、いつまで続ければよいのか、時期ごとの必要量については、こちらで詳しく解説しています。 → 葉酸サプリはいつからいつまで飲む?厚生労働省推奨の期間と時期別の摂取量
厚生労働省が示す「1日400μg」の根拠
葉酸の摂取について、厚生労働省は具体的な目安を示しています。
「日本人の食事摂取基準(2025年版)」では、妊娠を計画している女性、妊娠の可能性がある女性、および妊娠初期の妊婦に対して、胎児の神経管閉鎖障害のリスク低減のために、通常の食品以外の食品(サプリメントや強化食品)から、葉酸(モノグルタミン酸型)を1日400μg摂取することが望まれるとしています(※1)。
ポイントは、この400μgが通常の食事に“加えて”という位置づけであることです。成人女性が食事から摂る葉酸の推奨量は1日240μgとされており、その普段の食事に上乗せする形で、サプリメント等から400μgを補う、という考え方です。
そして摂取する時期の目安は、妊娠の1ヶ月以上前から妊娠3ヶ月ごろまでとされています(※2)。神経管がつくられる時期をしっかりカバーするための期間です。
食事だけで葉酸を満たすのが難しい理由
「サプリに頼らず、食事でしっかり摂ればいいのでは?」と思われるかもしれません。もちろん、食事を基本にすることは大前提です。葉酸は、ほうれん草やブロッコリー、枝豆、納豆、いちごなど、さまざまな食品に含まれています。
ただ、妊娠前後にサプリメント等からの摂取がすすめられているのには、理由があります。
- 食品の葉酸は吸収されにくい:食品に含まれる葉酸(ポリグルタミン酸型)は、サプリメントに使われる葉酸(モノグルタミン酸型)に比べて、体内での利用効率が低いことが知られています。
- 調理や保存で減りやすい:葉酸は水に溶けやすく、熱や光に弱い性質があります。ゆでる・洗う・時間が経つといった過程で失われやすいのです。
- 毎日安定して必要量を満たすのが難しい:体調やつわりで食事が不安定になりやすい時期でもあります。
こうした理由から、神経管閉鎖障害のリスク低減という観点では、食事に加えて、利用効率の高いモノグルタミン酸型の葉酸を一定量補うことが現実的な選択肢として示されています。
大切な前提:葉酸は「妊娠を保証する栄養」ではない
ここまで葉酸の重要性をお話ししてきましたが、産婦人科医として、はっきりお伝えしておきたいことがあります。
葉酸サプリは、妊娠しやすくするための薬ではありません。また、健康な妊娠を保証するものでもありません。
葉酸が関わるのは、あくまで「神経管閉鎖障害のリスクを低減する」という、妊娠初期の特定の場面です。「飲めば妊娠する」「飲めば必ず安心」というものではないのです。
妊活と妊娠は、葉酸だけで決まるものではありません。食事全体のバランス、睡眠、適度な運動、喫煙や飲酒を控えること、そして必要に応じた医療機関への相談——こうした土台のうえに、栄養補助としての葉酸がある、と考えてください。
また、葉酸は「多く摂るほど良い」ものでもありません。サプリメントや強化食品からの葉酸は、1日あたり900〜1,000μgを超えないこととされています(※1)。過剰な摂取は、ビタミンB12欠乏症の発見を遅らせるおそれがあるためです。葉酸サプリは1種類に絞り、マルチビタミンなどと併用する場合は、合計量に注意してください。
産婦人科医として、妊活中の方に伝えたいこと
私は長年、産科の現場で多くの赤ちゃんの誕生に立ち会ってきました。その経験から強く感じるのは、赤ちゃんの体は「栄養」と「環境」によって育まれていくということです。
妊娠初期に神経の土台を守る葉酸も、その大切な栄養のひとつです。妊娠前という、まだ赤ちゃんの姿が見えない時期から準備をしておくことは、これから始まる長い育ちの、いちばん最初の一歩だと考えています。
難しく考える必要はありません。「子どもがほしい」と思ったら、食事を整え、そこに葉酸の補助を加える。それだけで、神経の土台がつくられる大切な時期に備えることができます。
「自分にも葉酸サプリは必要なのか」を、もう少し整理したい方はこちらもどうぞ。 → 妊活中に葉酸サプリは本当に必要?厚生労働省が推奨する理由と正しい選び方
まとめ
最後に、この記事のポイントを整理します。
- 葉酸は、赤ちゃんの脳・脊髄のもとになる神経管の形成に関わる栄養素である
- 神経管がつくられるのは受胎後およそ28日(妊娠6週ごろ)までで、多くの人が妊娠に気づくより前の時期にあたる
- だからこそ、妊娠してからではなく、妊娠前から葉酸を意識することが重要
- 厚生労働省は、妊娠を計画する女性などに、食事に加えてサプリメント等から1日400μgを、妊娠1ヶ月以上前〜妊娠3ヶ月ごろまで摂ることをすすめている
- 食品の葉酸は吸収・調理の面で不利なため、利用効率の高いモノグルタミン酸型の補助が現実的
- ただし葉酸は妊娠や健康を保証するものではなく、上限量(900〜1,000μg/日)にも注意が必要
葉酸は「いつか摂るもの」ではなく、「妊活を始めた今日から備えるもの」です。この記事が、安心して最初の一歩を踏み出すきっかけになればうれしく思います。
実際にどう選べばよいか、商品ごとの違いを知りたい方はこちらへ。 → 妊活中におすすめの葉酸サプリ比較5選【2026年】失敗しない選び方と人気商品を徹底解説
参考文献・出典
- ※1 厚生労働省「日本人の食事摂取基準(2025年版)」策定検討会報告書(葉酸の推奨量・耐容上限量、妊娠を計画している女性等への400μgの記載)
- ※2 厚生労働省 e-ヘルスネット「神経管閉鎖障害の発症リスク低減のための葉酸摂取」/「妊娠前からはじめる妊産婦のための食生活指針」
- 日本産科婦人科学会「産婦人科診療ガイドライン―産科編」